黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【30】



「多分、そこから落ちた丁度下の空間に転送の穴を開けていたのだと考えられます。暗示だけではなく、転送系の魔法使いがいるか……あるいは両方使える魔法使い、の可能性もありますね」

 魔法使いフロスの声は淡々としているが、表情は厳しく顰められていた。

「あんたと違って、何もないところに穴をあけられる術者か」
「えぇ、そういうことです」

 嫌味にも動じない魔法使いに、セイネリアは周囲を見渡して考える。

「……とにかく、向こうは『女』を集めているのは確かだ。あからさまに飛び降りそこねた連中は男ばかりだしな、それであの二人を連れていったとも考えられるが……」

 暗示が解けた連中は現在痛みに悶絶していたり、何が起こったのかわからず不安に喚いていた。ただ最後の光をトリガーとして倒れた連中については、魔法使いの恰好をさせられていた少女以外は殆どが男で女は2人しかいなかった。ここに来た当初、連中の男女比は半々だった筈だが、こうして今残っている連中は圧倒的に男ばかりだった。レンファンが気絶させた者を入れても女は六人で、男が二十人以上騒いでいるのを見れば少なすぎる。

「恐らく、鐘がトリガーとなってる暗示は今まで娼婦をさらっていたのと同じものなんだろう。女が娼館を出てきた時間を考えれば、宵の鐘でここを目指して、真夜中の鐘で赤いランプの光に集まって飛び降りる。今回はそれに光石を放った者を襲うという暗示が加わっていたか。あぁ……後は二つ目の光の暗示で倒れる、というのもあるか」

 その推測をどう取るかと魔法使いに視線を向ければ、顔を顰めていた魔法使いは大きく息を吐き出してから、まだ考えているのかやけにゆっくりと話し始めた。

「……そうですね、貴方の発言はかなり的を射ていると思います。娼婦達が失踪したプロセスは今回の通り鐘で発動する暗示を使っていたのでしょう。ただ光石に反応した暗示は……光石に関わらず、暗示が解けるような刺激を受けたら……だったのではないでしょうか。先ほどはああいいましたが、考えればさすがにこの短期間で光石をトリガーとした暗示を全員に掛け直すのは無理です。ですからその暗示も失踪用の暗示と同時に何かあった場合の予備として予め掛かっていたとも考えられます」

 魔法に関する事となれば、セイネリアが分かる訳はないし、魔法使いであるフロスの発言の方が当然正解に近い筈である。彼の言う通り、暗示を解こうとする強い刺激があればその刺激を与えた者を攻撃する――という暗示だったと考えれば、確かにそれはあらかじめ掛かっていたとしてもおかしくはない。

「光石ではなく、殴ったり、大きな音を出したりでも同じことになったという事か」
「そうです」
「邪魔されたら攻撃しろ、更に殴られたら大人しくぶっ倒れろ、という暗示なら、確かにあらかじめ掛かっていたとしても不思議はないな」

 だから光石は即2回投げられた。こちらが放った光の矢を見なかった連中に向けて、攻撃のスイッチにならずその場で倒れるように。

「あー……確かに、やけに簡単にぶっ倒れて気ィ失ってくれると思ったんだよな」

 エルの言葉にセイネリアも考える。

「そうだな、警備隊の連中以外は確かにあっさり倒れたな」
「あーそういや、奴らだけはやけにしぶとかった」
「彼らだけは、もしかしたら違う暗示を掛けられていたのかもしれません」

 それはあり得る。彼らは最初からここにいたから呼ぶ必要はない、少なくとも真夜中の鐘が鳴るまでは普通に仕事をしていたから宵終わりの鐘の暗示はなかったのは確かだ――魔法使いの発言に納得しつつ、セイネリアの頭にはもう一つ引っかかるものがあった。

「イレギュラーな動きをした連中なら他にもいたろ。魔法使いの代わりをやらされていた子供は最初から別役として用意されていたとしても、カリンやレンファンを落とした連中の動きは他の連中と違う」

 それには赤毛の狩人が首を傾げて聞いてきた。

「彼らにも別口の暗示が掛かっていたって事かい?」
「いや……」

 カリン達を落とした連中は明らかに途中から行動を変えた。あれが予め仕込んであった動きとは思えない。となれば考えられる事は一つ。

「あの場に暗示をかけていた魔法使い本人がいて、指示を出した、もしくは変えた、という事はあり得るか?」

 聞けば魔法使いは考えて……それからセイネリアの言葉に肯定を返した。

「確かに、あり得る話です」





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