黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【40】



 戦いが終わって6日目の朝、ようやく首都からの部隊に明日の帰還が言い渡されて、この仕事も終了が見えた。砦の責任者であるジェンは平民出だけあって下っ端兵には寛大で気前がいい男で、最後の夜である今夜は酒を振る舞ってくれる事を約束してくれた。その代わり今日は昼まで砦の補強作業に精を出してくれとつけたされたが。
 それでも人間というのは褒美が約束されていれば動きが良くなるもので、周囲の溝堀りや柵の補強など、力が有り余った連中は気合いを入れて仕事に取り組んでいた。力仕事の苦手な魔法職や女性陣は夜の宴準備にかりだされて、珍しく砦全体が忙しそうに動き回っていた。

 忙しくしていれば時間などすぐに経つもので、夕刻になって中央に料理やら酒が積まれ始めると、まだ始まってもいないのにあちこちで歌いだしたり大声で馬鹿話で盛り上がる連中が出てくる。それでも敷地内のランプ台に明かりが灯って集合の鐘が鳴らされれば、集まった連中は行儀よく酒を配る列に並び、酒を受け取るとジェンの開始の言葉を待って静かになった。

「死者に祈りを、生者に乾杯を」

 それはこの砦の昔からの習わしの乾杯の言葉だそうで、それが終わると一気に酒を飲み干した連中が我先に料理と次の酒へと群がり始める。
 この砦は周辺の村からも普段から感謝されているらしく、宴の料理に使われた食材や酒は全て村から今回の勝利を祝って送られたものらしい。砦兵の仕事は勿論国境の警備と侵略者達を退ける事ではあるが、危なめの害獣退治や周囲の見回り等も仕事ではあるし、特に冬場は殆どの者が村で過ごす事になるのもあって村人との関わりは深い。平民出の騎士が責任者となっているこの砦なら、村人に対していい関係を築けているのは確実だろう。
 国一番の精鋭部隊、という誇りがある彼らは、戦闘でも、村人の頼み事でも、真面目に働いているだろう事は間違いない。

――もし、地方砦が首都に歯向かう事があるなら、ここが中心となる可能性は高い、か。

 そんな物騒な事を考えて一人で笑ってみたセイネリアは、それでも僅かに残念そうに笑みを消す。ただ、この砦が他の砦や地方兵士に呼びかけたとしても、他の地方部隊のトップは皆貴族である、そうなれば平民出のここの責任者に従ってくれはしないだろう――と。
 だからそこはやはり貴族でもある程度の地位ある人間の協力が必要になる。最低でも旧貴族か王族か――騒ぎに乗るつもりもないセイネリアは、目立たない隅で酒を飲みながらそんな事を考えていたのだが……赤毛の狩人がこちらにやってくるのを見てその物騒な想像を止めた。

「若いのに隅っこでちびちびなんてらしくないね」

 酒の席、という事もあってエルに彼が飲み過ぎないように見ていろと言っていた筈だが――考えながら、セイネリアは不機嫌そうに返した。

「煩いのは好きじゃない」

 ちなみにエルは彼を何故飲ませちゃマズイのかを興味津々で聞いてきたが、とりあえず『その内分かる』と今のところは言っておいてある。今になって考えてみれば、宴会好きの彼に見張り役なんて頼んでも意味がなかったかと思うところだが。

「かなーとは思ってたけどさ、砦兵の連中が君を探しにきていたよ」

 そのエーリジャの言葉には、セイネリアの顔が途端うんざりしたように顰められる。
 だろうな、と思わず呟いてから、そもそもこんなところで飲んでいる原因を考えて頭を押さえた。

「放っておけ、俺は酒の勢いで武勇伝を話す気はない」
「話してやればいいのに、騎士団内で噂を広げてくれるかもよ?」
「必要ないな」

 戦闘が終わった次の日にも彼らに呼び出され、約束通り槍を呼んで説明をしてやる事になって話せる事はもうさんざん話した。それでもまた何度もナスロウ卿の事やら蛮族との戦いの話やらを聞きたがるのだから、子供に昔話をしている子守役の気分になる。彼らから見つかりたくないのもあってアジェリアン達から離れて一人で飲んでいたのに、この男だけは見つけてくれるのだから厄介だ。





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