黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【18】




 青かった空が西の方から白っぽくなっていく。まだ暗くはなっていないがもうすぐ夕暮れが始まる時間、いつも以上に砦内にある全ての野外ランプ台の火を大きく燃やして、その敷地内には兵達が出撃準備をして待機していた。

 エーリジャが方向に当たりをつけてカリンが調べたその先には、思った通り蛮族達が集結していた。その報告を持って偵察部隊は急いで砦に戻り、その後全部隊に戦闘準備の号令が掛かった。
 カリンの報告では、服装や旗の模様からして敵は全て同じ系統の部族だろうという事だが、腕に巻いた布の色毎、4つの部隊に別れて集まっていたという事だった。その数は少なくとも三百以上で、そこそこの規模の襲撃でもまず百になる事はないから確かに今回は随分と数が多い。数だけの話であればこちらより多いのは確実である。その所為もあってか砦側の指揮官の動きも早く、やる気のない首都から来た連中にも指示を飛ばしてかなりの早さで現在のカタチに整えさせた。

――少なくともこちらのトップがマトモな人間だと分かっただけでも収穫だったか。

 今朝砦の騎士達に呼ばれたのは、それをを考えれば幸運だと思える。なにせ、上の指示を信用していいかどうか分かるのは大きい。

「しかし……お前が連れてるんだから普通の女じゃないとは思ったが、『ボーセリングの犬』というのは本当か? ……いや、本当なんだろうが」

 待機中と言ってもまだ戦闘は始まっていないから、騒ぎさえしていなければ私語が禁止されてはいない。なにせ今夜はずっとこの状態で待機するよう言われている、へたに眠らない為にも、号令が聞こえなくなるような事態にならない限り多少の会話は黙認されていた。
 だからこそっと小声で話してきたアジェリアンに、セイネリアは平然と、ただしやはり小声で答えた。

「あぁ、本当だぞ。しかももともとは俺を殺すのがあいつの仕事だった」

 アジェリアンは真剣な顔でごくりと喉を鳴らす。

「……今は?」
「見ての通りだが」

 セイネリアが笑って言えば、上級冒険者の男は苦笑した。

「なんというか、本当に……大物になるな、貴様は」
「あんたも確かに上級冒険者だけはある、という器の人間だと思うぞ」
「そうか、お前のその評価はうれしいところだが……やっぱり、お前に断られる程度の男だと今回しみじみ思ったんだがな」
「まだ根に持っているのか?」
「はは……いやそうじゃないんだが……なんだろうな、上に立つべき者というのが分かった気がしたのさ」

 カリンがセイネリアのすぐ後ろにいるのはいつも通りだが、アジェリアンの仲間達は少し後方にいた。だから彼らの様子をちらと確認して、アジェリアンは更に声を落として言ってくる。

「メンツが多少入れ替わったりはしたが、俺はずっとこのパーティーのリーダーをやっていてな。いつでもリーダーとして公正であろうとしてたんだが……やっぱり完全に公正という訳にもいかない。いや、仲間を信用しきれないわけじゃないんだが……」

 言いにくそうに視線を飛ばした彼に、セイネリアは少しだけ揶揄う口調で聞いてみた。

「大切な人間はどうしても過保護になる、というところか?」

 いかにも武骨な武人といった風貌の男は、それで目元を赤くした。

「……どこまでわかってる?」
「まぁなんとなくな。少なくとも女二人はあんたとかなり長い付き合いと見える」

 アジェリアンはその大きな手で目元を覆うと少し弱い声で言った。

「あぁ……二人とも同じ村の出身でな、よちよち歩きのころから知ってる」
「つまり、あんたが先に首都に出て、それを頼って二人も首都に出てきてそれからずっと組んでる、という事か」
「そうだ、貴様、気味悪いくらい分かってるな」
「何、この間の仕事で何故パーティー全員を連れてこなかったのかと思ってはいたからな、あとはあんたと連中の口の利き方で大体予想が出来る」

 アジェリアンはそこで大きく息を吐くと、顔の手を下した代わりにがくりと下を向いた。

「そうさ、この間の仕事は嫌な予感がしたからな、ビッチェやフォロは連れていかなかった。お前もそうじゃないのか?」
「カリンか? まぁな、あいつに向いてない仕事だし、まだ実践慣れしていないあいつを危険な目に合わせる気はなかったからな」

 言えばアジェリアンは顔を上げて、じっとセイネリアの顔を睨んだ。

「何だ?」
「いや……理由は同じな筈なんだが、お前が言うと俺と違う意味に聞こえるのはなぜだろうなと」

 それは勿論、違う事を思って言っているからだ、とは口に出さず、セイネリアは笑みだけを返した。





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