黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【16】



 偵察部隊は基本、騎士団の人間だけで編成される。
 理由は簡単で、基本は馬に乗るからだ。傭兵部隊が馬を連れて参加する事はないし、高価な馬を傭兵風情に貸す事もそうそうない。そもそも馬に乗れない者も多いのだから馬に乗せる事など念頭にないし、自然と傭兵は外される事になる。
 だが、そこまで遠出をする訳でもなく周辺の調査程度なら傭兵を連れて行く事もある。後は敵に会う可能性が高い場合、戦力としてある程度の数が欲しい時等だ。

 そろそろ敵も仕掛けてくる頃だと思われている分、偵察隊の危険度は上がっている。それに今はもう、そこまで遠出をしてあちこちを見てくる必要もない。いざとなったらすぐ応援が呼べるところを見てくる程度なら機動力がどうしても必要という事もなく、傭兵部隊も連れていくべきだとなったらしい。
 後は、昨日の戦いでのセイネリアの暴れぶりから、蛮族に対しての脅しに使えるだろうという思惑もあるらしいが。

――成程、だからこそ随分と昨夜はこちらへの待遇が良かった訳だ。

 確かに騎士団員の役職持ちを助けた功績というのもあるだろうが、それだけなら特別報酬の約束だけで十分ではある。あれこれ優遇してくれた理由は今日の偵察部隊についていかせる為、少なくとも昨夜見張り番を出さずにいいと言われたのはこの所為だろうなとセイネリアは思う。
 どちらにしろ、仕事に見合った見返りをくれるならこちらとしては多少人使いが荒くても文句はない。なにせ雇い主が雇い主だ、もし金が渋られる事があっても評価ポイントだけは働いた分は気前よくくれる事は確定している。

『そこは我らの誇りに掛けて約束する』

 今朝声を掛けてきた砦兵の騎士の言葉を思い出し、セイネリアは薄く笑った。
 どうやらあれからエレステアはセイネリアがナスロウ卿のもとにいた事を砦兵に教えたらしく、かつてのこの砦の英雄でもあった彼を慕う騎士達がセイネリアを呼んだのだ。
 話自体はナスロウ卿の事やどんな訓練をしたか等で、騎士達はちょっとした話にも無邪気なくらい感心しては喜んで聞いていた。セイネリアとしても今回の戦力の主力である砦兵達から信用と信頼を受けておくのは意味があるので、一応聞かれた事には一通り答えてはやった。最後にはこの砦の責任者である男まで現れて話を聞いて言ったから、少なくともこちらの顔と名前までは覚えてくれただろうと思う。
 別に優遇してほしいとは思わないが、覚えていてもらえれば重用してくれる可能性があるというのと、いざという時に見捨てられ難いというのがある。師の名を使って自分を売り込むなんて事はしたくないが、生き残る為、優位に仕事を進める為には利用できるものは利用するのがセイネリアの主義だ。

 それに、バージステ砦の兵達の現状、というのを探る意味でも彼らの反応を見る意味があった。昨夜のエレステアの件があるから比較がしやすかったが、確かに精鋭ぞろいというだけあって、兵も責任者として顔を見た男も『腐って』はいなかった。ナスロウ卿がここにいる時が一番充実していたというのもすぐ理解出来た。

――良かったなジジイ、あんたのいい思い出の場所はまだマトモなようだぞ。

 まぁ分かる話ではある、常に命を賭けている現場の人間は腐っていたら生き残れないから腐っている余裕などない。腐っていくのはいつも安全な場所にいる連中と決まっている。
 組織全部が腐っている訳ではないから機能はしている。上さえどうにかなれば一気に腐敗を取り除く事も可能だろう。
 ……もっとも、貴族の特権が許される世では、それが一番難しいのだが。

 考えていたセイネリアは、そこで前を行く騎士団連中の足が止まったのに気が付いた。役目が役目であるから声を上げての号令はない。止まったというからには何かを見つけたか、もしくは何かトラブルか。敵でないのは静かな事で分かるが、何の連絡もなく止まるのなら不測の事態ではあるのだろう。

「皆は待っててくれ、俺が聞いて来る」

 そこで即座にアジェリアンが様子を聞きに前に向かった。流石にリーダー役が長いだけあってこういう時の彼の動きは早いとセイネリアも感心する。
 程なくして、彼が軽く走って帰ってきた。前を行く騎士団の連中は20人程だが、馬の連中が多い為先頭まではそこそこ遠い。それでも息を切らす事なく帰ってきたアジェリアンは、セイネリアの顔を見ると苦笑して、軽く咳払いをしてから口を開いた。

「道が木や石やらで塞がれている。どうも連中の仕業らしい」




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