黒 の 主 〜冒険者の章・五〜 【14】 いつも通りの朝、いつも通りの朝食の支度風景。女性陣が主に料理をして、男連中が力仕事、何もしない連中は後片付けの担当となっている。どうやら今朝の襲撃はなかったらしく、少なくとも今朝は平和に過ごせそうだ……とそんな中で。 ――こりゃぁ、どーすっかねぇ。 腕を組んでエルは考え込んだ。 確かに皆、冒険者としてはプロという事で作業自体はいつも通り進んではいる。いや、手際だけでいったらいつも以上にいいくらいだ。 だがしかし……空気が重い。 原因は勿論昨夜の件だ。あの所為でビッチェを筆頭とするアジェリアン側の女性と一部の連中が、セイネリアに向けてそれはそれは険悪な空気を発している。当のセイネリアといえば少しも微塵もまったく気にした風はなく、カリンもあまり昨夜の事を気に留めている様子はない。それ以外の外野としては……俺知らねとばかりにまったく気にしてない連中と、この気まずい空気をどうするべきかと悩んでいる者に別れていた。で、エルは後者に当たる訳で、こうして悩んでいるという訳だ。 「火は起こしたぞ」 朝食の支度といえばセイネリアは基本、水を汲んでくるのと薪から火を起こす係となっていた。後者の仕事は森暮らしが長かったという事でその辺りの手際が一番いいからだが、いつもなら礼の一つも言うビッチェは今朝は返事すら返さない。ついでにいつもフォロの盾役になっているネイサ―も、掛けられた声にじっとセイネリアを睨むが、当然それにセイネリアが何か反応する事はなかった。 「ありがとうございます」 一応フォロは慈悲の神の神官だけあって火の傍に行く前にそう礼を告げたが、口調にはトゲというかやらたと事務的さが滲んでいた。 これだけ険悪な空気を出されたら気づいてない筈はないと思うが、セイネリアはそれに何か言う訳でも、おかしいと表情を変えるでもなく、平然と自分の仕事は終わったとばかりに天幕へ入っていってしまった。それに、配られた食料の切り分け役で仕事の終わったカリンがついて入っていく。 「なんていうか……何様って感じよね」 聞こえないように言ってるつもりだろうがあれ多分二人共に聞こえてるぞー、と不機嫌一杯の女剣士に心の中だけで呟いて、エルは苦笑して頭を掻く。 ――いや別に聞こえてるからって特に問題はねぇだろーけどさ。何様ってのも当たってるし、でも言うなら最初から言うべきだろーなーあいつの偉そうなのと態度のでかさと図々しさと神経の図太さは女関係だけじゃねーし、言われても今更だし、あいつも『だからなんだ?』ってぇとこだろうし。 口では自然と唸ってしまいながら、エルの頭の中では饒舌にツッコミの嵐が舞う。というか、どう解決すべきかなんて事考えるより頭がツッコミに逃避しているだけとも言えた。 「ビッチェ、影でそういう事をいうのはよくないと思うぞ」 そこへ止めればいいのにアジェリアンが言いにいって、思った通り女性二人の反感を買う。 「ならリーダーとして貴方がちょっとあの男に言いなさいよ、協調性はないし偉そうだし仲間を自分の道具みたいな扱いしてるし、それ見て不快になってる人間もいるのよ」 「いや、そういうがな……」 言ってる事は全く間違っていないが、アジェリアンとしてはそれを了承した上でセイネリアの実力を認めているのだろうからエルとしても『そらー反論し難いよな』と思うしかない。それよりそもそも、いかにも喋りが上手いと思えないアジェリアンが女相手に口でどうにかするのは無理がある。 「アジェリアン、貴方は彼の事を随分気に入っているようですが、確かに仕事では頼りになりますが……彼の人間性についてはどう思っているんですか?」 うわこらまた難しい質問だと、今度は女神官がアジェリアンの前に出て行って睨んでいるその状況にエルは深く同情した。 --------------------------------------------- |