黒 の 主 〜冒険者の章・四〜





  【32】



 こちらをたまに見ながら明るく話そうとするエーリジャとカリンを見て、セイネリアは食事を続けながらも口元に自嘲を浮かべた。咀嚼して、酒で流し込めば、空になったグラスに使用人が酒を注いでそれをまた飲む。それから肉の入ったシチューを口に入れて……だがそこでセイネリアは異変に気付いた。

「うん、本当に美味いなぁ。それに朝から酒なんてほんっっとうに貴族様というのはいい身分だ」

 カリンも異変に気付いたのか、こちらを不安そうに見てくる。

「あぁ、本当にこれは美味しいなぁ、ロスターにも食べさせてあげたいなぁ〜」

 エーリジャの口調がどこかおかしい。やけに声が高いし、なんだかゆったりと子供っぽい話し方になっている気がする。よく見れば彼の顔はほんのり赤みがかっていて、原因が分かったセイネリアは呆れながらも苦笑する。

「貴族様でも予定がある日は朝から飲まないさ。今日は一日こちらでゆっくりしていっていいと言われているからな、それで酒が出されたんだろ」
「そっかぁー、うーん美味い酒だなぁ、あ、お代わりいいかな?」

 言いながら機嫌よく酒を飲み干してお代わりを注いでもらうロスターに、セイネリアは笑いながら聞いてみる。

「それにしてもあんた、酒はあまり強くないんだな」
「んー……弱くはないけどなぁ、せっちゃんが強すぎるだけじゃない?」

 流石にそれにはカリンとセイネリアの動きが同時に止まった。
 セイネリアは眉間に皺を寄せてエーリジャを見る。

「せっちゃんというのは……俺のことか?」

 エーリジャの目は完全にとろんと蕩け切って酔いが回っていたが、聞かれた彼は嬉しそうににぱっと満面の笑みを浮かべた。

「そ、セイネリアだからせっちゃん、強面の君でもそう呼べば可愛く聞こえていいかなって」

 カリンが咳き込みだす。セイネリアは彼の傍にいる使用人に彼が何倍飲んだかを聞いてみた。6杯、という答えに少し呆れて、さてこの酔っ払いをどうしたものかと観察する。

「せっちゃんさぁ、俺は一人でなぁんでも出来るっていう態度は止めたほうがいいよぉ。人間一人じゃ結局どこかで行き詰るんだからさぁ、ちゃぁぁんと他人も見て頼ったっていいんだよ。そりゃーせっちゃんは腕にも頭にも自信があるんだろうけどさ、全部ひとりで帰結する人生って寂しいモンだよ。ちゃんと聞いてるぅ? 年長者の言う事は聞くだけは聞いとくモンだよ。……そうだ、一度結婚してみるとそれが分かるよ、せっちゃん相手いるんだから結婚して子供作ってみればいいんだよ。自分の子供ってのはそりゃぁ可愛くて、もう見てるだけで幸せで生きてて良かったなぁ〜って思うモンだからっ」

 カリンは下を向いて口をずっと押えている。エーリジャの据わった目を、これは絡み酒というやつかと思いながら見ていれば、今度は唐突に彼は泣き出した。

「子供と離れてるといつも心配心配で、帰る度に父さんって泣いて抱き付いてくるの見るとそれだけでこっちも泣けてさぁ。それで首都に行くって時にまた泣かれるんだ、もう心がつぶれそうに辛くてさぁ、でもあいつにいいモン食わせてやりたいし、冒険者になるって時にいい装備買ってやりたいしさぁ……辛いんだよ……でも俺が働かないとさぁ……狩りだけじゃなぁ……食ってくのが精一杯、だしさ……ごめんなぁ、ロスター」

 そこでテーブルに向かって泣きながらつっぷした彼は、暫く嗚咽の声を上げていたと思ったらその後に黙って動かなくなる。あぁこれは寝たなと思った後、暫くすれば寝息が聞こえてきた。

「こいつがあの腕で上級冒険者になれないのは、性格もだろうがこの酒癖の所為でもあるんじゃないか?」

 呟いて、セイネリアは苦笑した。
 酔っ払いというのは困ったものだが、酔った時の発言はその人間の本性が出る。少なくともこれでこの男が本気で根っから人が良いというのは分かったなと、それはそれで良いことにしとくかと考える。
 ただし……仕事で組む事になったら、今後は酒の席では彼の酒量に注意しなくてはならないだろうが。




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