黒 の 主 〜冒険者の章・四〜





  【25】



 息を整える、構えを取る。
 これで少なくとも武器の不利は解消された。一歩、ここを切り抜けるために前進した。
 こちらの短剣を見た、相手の女の表情が忌々し気に歪んだ。それでも殺気は消えない、次がくる。だが今度はこちらも受けられる、対処方法が増えた分、怖さはない。

 相手が仕掛けてくる、さすがに警戒して先ほどのような大振りはやめて突いてくるその剣に斜めからこちらの剣を当てて互いの鍔(つば)同士でぶつけて止め、それと同時にカリンは相手を蹴り上げた。
 今度は急いで向うが大きく引く、その思ったよりも大げさな避け方からして、もしかしたらドレスの所為で足の位置が見えにくいのかもしれないとカリンは思う。
 ならば、ドレス分を不利と考えるのではなく、これを逆に利点とすれば何が出来るだろう。例えばマントで防御するのと似たような事が出来るのでは――カリンは短剣を持っていない左手でドレスの端を掴むと軽く持ち上げて相手に向かっていった。そうして剣を出すより先にドレスを大きく跳ね上げ、相手の視界を奪ってこちらの手元を隠す。ドレスを引くと同時に、短剣を相手に突き出す。
 予想通り、相手はまた必要以上に大きく後ろに下がって逃げた。
 カリンはドレスの端を持ったまままた相手に突っ込んでいく。女の顔には焦りが見えた。

 だが、その表情が急激に変わる。忌々し気にこちらを睨んでいた目が、何かを見つけて大きく喜色を浮かべる。それが何故かと思考で結論を出す前に、カリンは即座に横へ退いて、先ほどまで自分がいた場所の背後に視線をやった。

 そこには、鎧を着た男が立っていた。

 勿論それはセイネリアではない、ワネル家の警備兵の鎧姿である男は、だが向うの女のあの顔からすれば本物の警備兵ではないだろうとカリンは思う。あの嬉しそうな顔からして女の仲間と考えていいだろう。
 ここで二対一は厳しい、一か八か、悲鳴を上げて逃げるしかないのかと考えたカリンは、だが直後に微妙な違和感も感じていた。

――なんだ、あの男は。

 一言でいうなら気配が感じられな過ぎた。
 何か不気味な感覚を感じて、女の目がこちらではなく仲間と思われる男の方に行っている隙にカリンは更に相手二人から離れて多めに距離を取った。敵の女暗殺者は構わず、勝ち誇った笑みを浮かべて現れた男に近づいていく。やはり仲間なのかとカリンが思った直後、男の体が急に浮き上がって女に向かって飛びかかっていく。いや、飛びかかったと思ったそれはそうではなかった。

「いやっ、なにっ??」

 そこまで一言も声を上げなかった女でさえ悲鳴のような声を上げた。
 男の体は飛びかかったのではない、投げつけられたのだとカリンが理解してすぐ、その後から別の鎧の男が姿を現す。仲間の体を抱きとめたような体勢のまま驚きに目を見開いて動けずにいる女に、後から現れた男は抱きとめている最初の男ごと女暗殺者を蹴り飛ばした。
 女が悲鳴を上げる。
 鎧の男と共に自分の背丈近くの距離を飛ばされた女は、抱いていた男の下敷きになって地面で動かなくなった。

 カリンは思わず唇から笑みがこぼれるのを抑えられなかった。
 後から現れた鎧の男が兜を取ってこちらを見る前に、そちらに走る勢いで向かっていった。

「無事か?」

 兜から黒い髪が現れる。
 その顔がこちらに向けられる。
 薄闇でも映える琥珀の瞳に、カリンは、はい、と笑顔で答えた。




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