黒 の 主 〜冒険者の章・四〜





  【22】



 魔法使いが消えた建物の方に回り、少し行けば……そこでは、ワネル家の警備兵と何者かが交戦している最中だった。
 咄嗟に、セイネリアは矢を番えて傍にあった柱の影に隠れる。それから警備兵を援護するように、いかにもごろつきくさい何者かに向けて矢を撃った。それは見事に当たり、助かった警備兵は驚いてこちらをちらと振り向いた。
 敵は思ったより数が多い――警備兵は3人だが、連中は今戦闘可能な者だけでまだ5人はいる。よくここまで持ちこたえたと称賛してもいいところだが、セイネリアとしては警備兵の存在自体は邪魔でもあった、だから。

「行けっ、ここは抑えておくから早く他の連中を呼んでこいっ」

 顔を出して言えば敵にも弓役がいたらしく、セイネリアに向けて矢が飛んでくる。それを柱に隠れて躱してから、また身を少し出して警備兵たちの援護に矢を放つ。これは当たらなくても敵の足止めが出来ればいい。撃ってすぐに柱にまた隠れたが、警備兵たちが礼らしき何かを叫んで走っていったのは見えた。
 ちらとまた顔を出せば、襲撃者達は警備兵たちを追ってはいっていなかった。それはそうだろう、とセイネリアは思って唇に笑みを乗せる。警備兵が逃げて味方を連れてくるにしてもそこそこに時間が掛かる。残りが弓使い一人だけなら、すぐ突破できると彼らは踏んだに違いない。
 恐らく、連中は焦っている。なにせ奴らとしてみればランプ台の明かりが消えている内に突入しなければ意味がない。追っ手が増えるより先に会場になだれ込み、ひと騒ぎ起こせれば彼らとすれば仕事を果たした事になる。その後の脱出については……多分、ここにこの人数が入ってこれた段階で何か手段があるのかもしれない。貴族の屋敷なら基本魔法を妨害する断魔石で守られている筈ではあるが、魔法使いが逃げた方向という事を考えれば、セイネリアが知らない魔法による侵入方法があるのかもしれない。それなら、帰りも同じ方法が使えると考えられるだろう。

「けっ、どこの恰好つけ野郎だぁ? 一人でどうにかなると思ってんのかぁ?!」

 どうやら言ったのは向うのリーダー格の男らしいが、いい具合に頭が悪そうな男だというのはそれだけで分かる。
 セイネリアは口元に笑みを浮かべると、弓と矢筒を向うに見えるよう柱から離れた場所に放り投げた。
 そうして、柱の陰から片手を上げて見せ、向うにちゃんと聞こえるよう大声で言う。

「あぁ、無理なのは分かってる。だからこの通り降参する、通すから見逃してくれ」

 向うで連中の下品な笑い声が上がる。
 それから足音。残った5人全員の足音がこちらに近づいてくる。威勢のいい声を上げて走る男達の笑い声が近くなる。
 だが、そうして先頭を走る男がセイネリアが隠れていた柱の影を通り過ぎようとした時、その男の体は横に弾き飛ばされるように跳ね、そのまま地面にぐしゃりと落ちた。
 何が起こったのか理解できない襲撃者達の目の前に、先頭の男と入れ替わるように大柄な体が立ちふさがる。
 その手には見ただけでぞっとするような不気味な大槍があった。

「な、なんだきさ……がっ」

 言い切る前に、威勢だけは良さそうなリーダーらしき男は倒れた。そこで足を止めた他の者達も、何かを言い切る前、いや状況さえ理解する前に次々と槍にその身を斬られて、あるいは刺し貫かれて倒れていった。

「助かったぞ、そっちから全員きてくれてな」

 おかげで一気に始末出来た――殺しはしなかったがあっさり5人全員を行動不能にして、セイネリアはそう呟く。とはいえ表情はどちらかというと不機嫌そうで、実際今の彼は気分が良くなかった。

――本当は使いたくなかったんだがな。

 主が呼べば魔法武器は勝手にやってきてくれる。だから当然警備や所持検査を通り抜けて会場内に持ち込めるこの槍はいざという時の切り札ではあった。
 それでもこんな派手な得物、持っているのが見つかれば言い訳が出来ないし、確実に正体がバレる。それに……このところこの槍のおかげでどうにかなった、と言える状況が多かった事もセイネリアとしては使いたくなかった理由でもあった。

 セイネリアが求めるのは自分の価値、そのために強くなろうとしてきた。だが強くなっても、所詮魔槍のおかげ、となればそれは自分の価値ではない。道具はあくまで道具であって、自分は道具のおまけになる気などなかった。




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