黒 の 主 〜冒険者の章・四〜





  【19】



 かつては旧貴族の家であっただけあってワネル家の庭は広く、いくら大ランプ台があっても庭すべてを明るく照らす事は出来ない。屋敷前の大きくひらけた場所はランプ台によって昼のように明るくても、周囲にある植木や花壇がある辺りはいい具合に薄暗く、隠れて何かをするのには丁度良い環境だと言えた。
 そんな庭の片隅、木の陰に隠れてセイネリアは周囲を見渡した。
 エーリジャはこちらで打ち合わせた通り、最初に立って紹介された位置から歩いて大きく移動した。これで彼の矢を邪魔しようとしていた者がいれば移動しなくてはならなくなる。
 セイネリアが注意して最初のエーリジャの位置から丁度いい角度になる辺りを見れば、僅かに動く人影が見えた。その動きの速さからあれは馬鹿貴族ではないと判断して矢を放つ。2発、おそらくどこかに当たった。派手に痛がらないところを見れば少なくともマトモな人間ではないというのは確定で、ただその後に影がまた動きだす――どうやら二人組だったらしい、とセイネリアは矢を番(つが)えて動きだした方の影を狙う。
 さすがに一人が撃たれただけあって警戒はしているが、それでも急いでいるため姿は見やすい。そこで更に2発、当たった男は足を止めた。
 どちらも動きが止まったままなのを見て、セイネリアはその他の場所に目を向けながら慎重に移動を開始した。矢を一度放てばこちらの位置がバレた可能性は高い。今の連中がどこの手の者か分からないし、他のその手の連中が何人いるかも分からない。同じ位置にとどまっていていいことなどない。
 そうして移動しながらも建物の上で身を乗り出して矢を構える影を見つけ、これは分かりやすいなと口元に笑みを浮かべて矢を放つ。今度は1発、だがそれは確実に影の腕に当てた。
 致命傷を与えて建物から落ちられたら『穏便』に済まなくなる。相手が弓を撃てなくなればいいだけだから狙うのは腕が最優先だ。セイネリアはそのまままた場所を移動した。

 エーリジャの方を見れば、使用人達によって的の設置がされているところだった。
 ワネル家の象徴である大ランプ台の周囲の木に大量の的が掛けられていく。どれも小さく、高さも距離もバラバラでそれらを全部撃ち抜いて見せるというのが彼の仕事だ。だから彼も今日は大弓ではなくセイネリアが使っているのと同じくらいのある程度連射が出来るサイズの弓を持っていた。

 的の設置が終わって、彼がもう一度観客に向けてお辞儀をした。
 ざわついた人々の声が消えて、辺りがしんと静まり返る。
 エーリジャが矢を放つ。どうやらランプ台から遠い位置の的から当てていってランプ台の近くにある一際目立つ飾りのついた的を当てるのが最後らしい。だからおそらく……何か起こるとしたら、その最後の的を当てる時だろう。

 次々と放たれるエーリジャの矢は、一つも外れず全て的に刺さっていく。
 正確さは勿論だがその連射の腕も素晴らしく、貴族たちの、おぉ、と上がる感嘆の声は的を射る度に大きくなっていく。
 既に拍手も鳴り始めていて、会場の視線が彼と的に注がれている中、貴族達を見渡したセイネリアはまったくエーリジャの方を見ていない男を四人見つけた。
 その内の二人はノウスラー、グクーネスの両貴族、そしてもう一人はゼナ卿、最後の一人はワネル家警備兵の甲冑をつけた人物で、その手がゆっくりと合図のように上げられていく。即座に、その男の向いている方角をセイネリアは振り返った。

 建物の影、離れた位置に人影が見える。
 舌うちをしてセイネリアは弓を向けたが、その人物が弓を構えているのではなく杖を持っていた事で一瞬、手が止まった。

――魔法使いか?

 それでもセイネリアはそのまま矢を放つ。魔法使いらしき影は建物の影に入って矢を避けた。逃げたのか、仕事が終わったのか、様子を見ようと顔をのぞかせる様子はない。

 人々の歓声と拍手が大きくなる、エリージャの弓から最後の的に向けて矢が飛ぶ。
 ……直後、辺りは暗闇に包まれた。




---------------------------------------------



Back   Next


Menu   Top