黒 の 主 〜冒険者の章・三〜 【1】 クリュース王国首都セニエティ、王の膝元というだけあって見かけ上は治安がよく見えるこの街は、何も警備隊や騎士団のおかげだけで平和が保たれている訳ではない。 理由として一番大きいのは例の『戦闘能力のある冒険者同士の諍いの結果は罪にならず』という法律の所為ではあるが、悪い事をすれば直接復讐が出来るこの法律以外にもそもそも評判の悪い者はいい仕事に呼ばれなくなるからヘタな事が出来ないというのがある。割りのいい仕事というのは相当に腕のある上級冒険者でない限りはまず一人で受けられるものではない。となれば仕事仲間は必須な訳で、ここで評判が悪ければ『いい仲間』と組めずいい仕事は受けられない。冒険者としての評価ポイント以上に冒険者間での評判というのは大きく影響するもので、人間的に問題がある者はいわゆる『仲間はずれ』になって一生上になどいけなくなる。 ただそうなればもう冒険者としての評価云々はどうでもよくなって、人を騙したり盗んだりの犯罪を犯して生きていけばいいと思う者も当然出てくる。冒険者としてのマトモな道を外れたそれらの犯罪者も首都には大勢いて――ただそれがそこまで大きな問題になっていない理由は二つある。一つはこれも例の法律の所為で、へたに犯罪を犯せば被害者の報復にあうからである。そしてもう一つは……ならばと報復に備えて集団となった犯罪者達が大きくなって組織化した結果、組織同士でけん制しあうと同時に仲間内ルールを作ってある程度コントロールされるようになった、というのがあった。 つまるところセニエティの街は裏側で犯罪組織同士が睨みを利かせて互いを抑え合っているのであるが、その組織の一つとして『女ボスワラント』の率いるここも数えられる――と、リリスは言った。 「ここは犯罪……にあたることはしてないと思いますが」 聞いた途端、思わずカリンはそう聞き返してしまった。 犯罪かどうかでいえば、カリンの育ったボーセリング卿の仕事の方がクロ確定だろう。 「そぉねぇ……ウチは少し毛色が違って各組織のつなぎ役みたいなもの、かしらねぇ」 ワラントの側近として長いこの女戦士は物知りで、カリンは彼女からここでのルールやセニエティの裏の顔などさまざまな事を教わっていた。ある意味ここでの師匠のようなものである。 「あえて犯罪っていや脅しかしら。他の組織の弱みをそれとなくチラつかせて脅す訳。ウチは基本情報屋だからどこの組織とも繋がってるのよ、だからちょっとルール違反しそうなとこを脅して他とバランスを取ったりする訳」 「……つまり、裏世界の平和を守っている?」 それにはカリンより背も幅も一回り大きい女戦士は声を上げて笑いだす。 「やだぁ、そぉんな正義の味方みたいな事してないわよぉ。でもまぁウチはそもそも娼婦達や行き場のなくなった女冒険者のための助け合い組合みたいなモンだからね、婆様がうまく立ち回ってくれるからこうしてやってられるの」 「ワラント様は、すごい方なんですね」 犯罪組織を脅すという事は、そこから狙われる危険を当然伴う。それでも組織を存続させていられるという事は、そう出来ないようにうまいさじ加減で脅しと協力を使い分けているからだろう。 「そぉよぉ、最初の内は犠牲もかなり出たって聞いてるわね。でも婆様はとンでもなく頭が良かったから直接的な力じゃなく情報の売り買いで今の地位を確立したって言う訳」 カリンはそこふと思う。そのやり方、いや考え方はセイネリアに似ている気がすると。 「……だからワラント様は私の主を気に入ってらっしゃるのですね」 思わずそう呟いてしまえば、緩い笑みを浮かべていた女戦士の顔から笑みが消えた。 「そう、婆様ももう歳だから」 それはいつもの彼女らしくなく寂しそうな声で、だが言葉の意図を考えていたカリンは、そこで女戦士の胸に抱きこまれてそれどころではなくなる。 「そ〜いう事で、カリンちゃんもしっかり勉強すンのよ〜。ンであの男にアタシ達の事もよろしく伝えておいてねぇ」 「は、はい……あの、やめて」 豊満な胸にぐいぐい押し付けるように抱きこまれれば時折息が出来なくなる。彼女に攻撃する意図がないから苦しくてもがいても戦闘態勢に入る訳にもいかなくて、カリンはただ手足をばたばたとさせる事しかできなかった。 それで暫くもがいた後、ようやく離して貰えれば彼女はやけに上機嫌で、今度はカリンの頭をぐりぐりと力いっぱい撫でてくる。 「さって、貴女またあの男とお仕事行くんでしょ」 「は……はい」 乱暴に頭を撫でられるまま頭をぐらぐら揺らしながら返事を返せば、そこでやっと彼女は手を離してくれた。 「そぉンな可憐な身なりで荒くれ男どもの中に行くのは危険よぉ、今度は礼儀正しい騎士様とのお仕事じゃないんでしょぉ? だっからアタシがもう少し強そうに見える装備を見繕ってあげるわねぇ、婆様から予算も貰ってるしぃ」 「……え?」 言うなり彼女はカリンの腕をがっしりと掴んで、そのまま返事を待たずにカリンを外へ引きずって行った。 --------------------------------------------- |