黒 の 主 〜冒険者の章・2〜 【0】 東と北を険しい山に囲まれ、西には海、南には大樹海に囲まれた、北方の大国。 自由の国、クリュース。 この国がそう呼ばれるにはちゃんと理由がある。 元々はその辺に何処にでもある王政国家の一つ……といえば弊害があるがそこまで目立った国ではなかったのが、今から110年程前の国王アルディア2世の時、隣国ファサンとの戦争中に兵士達が反乱を起こしたことからすべてが始まる。 反乱といっても別に兵が城を襲おうとしたわけではなく、単に各農村から徴兵された部隊の兵たちが城の周りにおしかけ、自分たちの要求を飲むまで出兵しないと王を脅したのである。ただ普通なら取り押さえられて終わりとなるそれは、偶然とは思えない様々な幸運が味方をして一応の成功を収めてしまった。 まず一つ目の幸運は、長く続いた戦争は丁度クリュースの勝利が目前に見えていた時で、王が『勝ちさえすればどうにかなる』と気が急いていたこと。 二つ目はその勝利に気が急いていた王の所為で、正規騎士団の部隊は先に戦場へ向かっていて、反乱兵たちを無理やり抑えるような余分な兵力が首都に残っていなかったこと。 三つ目は、その時兵達の指揮官だった男が貴族ではあっても下っ端から地道に功績を上げて出世してきた、いわゆる『話の分かる』騎士だったということ。彼は反乱を起こした兵達に同情的で、だからこそ彼らを無理やり押さえようとするのではなくうまくコントロールして、兵達の要求を王が飲んでくれそうなモノに絞らせた。 そして四つ目は、その騎士がここまで出世をしたのは彼付きの文官であった幼馴染でもある魔法使い見習いがとても優秀な人物だった所為で、彼がいたからこそ王がどうにか飲んでくれそうな要求と兵たちのコントロールが出来たということだった。 それらの幸運が重なって、兵たちは無事、戦場から帰ってきた後の報酬やら待遇の改善を勝ち取ったのではあるが……問題はそこで終わらず、戦争に勝利した後に起こった。 『勝ちさえすればどうにかなる』と思っていた王だが、無事勝利し敵国ファサンの領土を手に入れたものの大きな計算違いが生じてしまう事になる。 ファサンは豊かな穀倉地帯を持つ裕福な国であったが、その南に広がる広大な樹海はまったくの手つかずの未開の地で、しかも魔物やら得体のしれない魑魅魍魎が住む地として現地の人間も近づかない……という厄介な場所だったことである。樹海は様々な資源の宝庫と聞いていた王としては計算違い以外の何者でもなく、だがそう聞いているからこそ調査をしたいと未練も残る悩みのタネとなってしまった。しかも気前よく約束してしまった兵たちからの要求もどうにかしないとならないとして、王は頭の痛い日々を送る事になった。 ところがそこで、王はまさになげやりとも言える状態で問題をある人物に放り投げた。 それが件の兵たちの反乱をコントロールし、反乱の首謀者という事になってしまったあの騎士で、そもそもお前の所為なのだからこの問題をどうにかしろ、と戦後処理で大忙しの王宮周りで考える事を放棄してそれらの対策を全部彼に押し付けたのだ。 そして騎士は――彼は立派な人格者ではあったが頭を使う仕事は友人で部下の魔法使い見習いに任せていたので、その問題をまるまるその彼に投げた。 そうして投げられた魔法使い見習いは、まさか実現するとは思わなかった前から頭の中で考えていたある計画を実行に移す。 ……かくして、近隣から『自由の国』と呼ばれる所以となる新しい国の政策が、たった一人の優秀な魔法使い見習の青年の頭から生まれた訳である。 冒険者、という言葉とともに。 --------------------------------------------- |