黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【9】



 この地の領主であるグローディ卿は、最近ずっと機嫌が悪かった。なにせ首都の館を失って仕方なく領地に篭っていたところで、領内のトルサディラ山に厄介な化け物が住み着いてしまったのだから。最初は気晴らしの化け物退治と意気揚々と討伐隊を組んで出かけたグローディ卿だったが、いくら探しても化け物は見つからず、仕方なく帰ってくればやはり商人や近くの村人が襲われるという状態で、これで彼の機嫌が悪くならない訳がなかった。
 そういう中で、部下の一人の進言を受けて化け物に賞金をかけてみたのだが……囮にした冒険者が化け物と遭遇する事があったとしても兵を行かせれば既に全滅しているか逃げられた後ばかりで、現状、思惑通りにいっているとは言い難かった。
 そして今日、そろそろ出る筈だと待機させていた兵達から、山の中でリパの光石による光を見つけたとの報告があった。だから早速兵を率いて現場に向かった彼だが、このところのハズレばかりで期待をしてはいなかった、というのが実は本音だった。

 けれど……近くまで来て、化け物の鳴き声が聞こえるに至って彼の気分は一気に盛り上がる。もともとグローディ卿は若い時には冒険者を暫くしていただけあって盗賊や化け物討伐の仕事となれば人一倍張り切る戦闘好きな男だった。
 だが今度こそ化け物をこの手で、と張り切って乗り込んだ彼は化け物と戦う男の姿を見つけた途端、思わず部下共々足を止めてその光景に見入ってしまった。

 規格外に大きな斧刃をつけた斧槍を、黒ずくめの長身の男が軽々と振り回す。化け物は逃げようとしているが既に足を一本切り落とされて身動きが取れない。仕方なく威嚇して鋭い爪を前に出すもののそれも腕ごと切り落とされ、威嚇の咆哮は途端に悲鳴へと変わる。足をやられた段階で既に勝負がついていたのは明白で、キーキーと泣き叫ぶ化け物は最早憐れに地面でのたうち回ることしか出来なかった。
 斧槍の男は余裕をもってゆっくりとその化け物に近づいていく。憎き化け物に同情したくなる程化け物の声は憐れで、そうしてそれに近づいて行く男の姿は圧倒的な強さを感じさせた。
 最後は穂先で刺し貫かれ、断末魔の声に顔を顰めたグローディ卿は思わず耳を手を押さえた。だがその声が聞こえなくなったと同時に、化け物だったものはだらりと力を失いその生命活動を止めた。

 化け物が倒された後も暫くの間、グローディ卿は間抜けにもその場でただ見ている事だけしか出来なかった。けれど、彼の傍にいた部下の騎士の呟きではっと我に返る。

「あの槍は、確か……」
「知っているのか?」

 すぐに聞き返せば騎士は困惑の表情を返してくる。この騎士は部下の中でもグローディ卿が信頼している者であり、少なくともいい加減な憶測だけの言動をする者ではなかった。

「恐らく、ですが……あれが私の知る魔槍だとすれば……」
「魔槍? そうか、成程」

 魅入られるように見入ってしまったあの槍が魔法武器だとすれば納得する、それを使う者がいるなら一人で化け物を倒したとしても不思議はない。本来は囮として使うための冒険者共だが、魔槍に選ばれるだけの勇者が出て来たのなら仕方がない。多少懐は痛むがこちら側の被害なく化け物が倒されたなら結果的として悪くない――そう考えて、条件によってはその勇者を自分の下に置けないかと考えたグローディ卿だったが、今化け物を倒し終えたばかりの男が振り向いた途端に彼の顔は凍り付いた。

「遅かったな、もう終わったぞ」

 何故気付かなかったのか、と舌打ちをしてこの地の領主である男は顔を顰める。あの長身、黒ずくめの恰好に、金茶色の不気味な瞳となれば忘れる筈もない、あれは――。

「セイネリア……」

 事情を察した彼の周りの者達の間にも、そこで不穏なざわめきが走った。



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