黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【27】



「そうだな。お前が仲間を見捨ててこちらの手伝いをするというなら相応の礼を用意出来るが」
「断ればその槍でばっさりかね」
「いや、お前が逃げるなら追いはしない。……ただどちらにしろお前が生き残るには仲間は見捨てるしかないがな。それとも仲間のもとに戻って早く逃げろと教えてやるか?」

 言えば男はため息をついて苦笑する。

「……教えてやっても逃げやしないだろうな。どちらにしろ、あんたにアジトを知られた時点で詰んでる。……で、手伝ったらどんな礼をしてくれるんだ?」

 武器を投げて捨てて手を上げて、男はその場に座り込んだ。
 セイネリアは男に近づいていく。

「そうだな。盗賊に狙われた俺達を助けて盗賊退治の手伝いをした、と事務局に証明の手紙を書いてくれるようグローディ卿に頼んでやる。大方貴様も冒険者として致命的な失敗をした所為で盗賊になったんだろ。その手紙を事務局にもっていけば余程の事じゃない限り仕事がとれる程度には評価が戻せる。食えるだけの金がまったくないなら小銭稼ぎくらいの仕事はやってもいい」

 男から二歩程の位置まできてセイネリアは足を止める。男はごくりと唾を飲み込んで全身を黒で固めた男を見上げた。

「……本当に、そこまでしてくれるのか?」
「お前に、それだけの価値があるなら」

 今度は笑みを消して男の目を見つめれば、男の表情は固まって強張る。微かな震えと共に再び喉を鳴らした男は、強張った表情のままゆっくりと口を開く。開きながらその唇には引きつったようながらも笑みが浮かんだ。

「……身軽さと、逃げ足には自信がある」
「だろうな、なかなかよさそうな動きに見えたから声を掛けた」

 言えば男の顔から硬さが抜けて、さらに嬉しそうな笑みへと変わる。

「だからやばそうな連中への偵察や誘導が俺の役目になってた。他の奴じゃ見つかって捕まるからな。それに相手がどれくらいヤバイか見極めるのも……連中の中じゃ俺が一番うまい筈だ。なにせ今だってキャラフの報告じゃ女に興奮して他の連中がどうしたか全く状況が分からないってンで俺が行く事になった訳だしな」

 そこまで得意げに言った男は、だが急に笑みを消すと言葉を詰まらせながらつぶやいた。

「……ただ戦闘はあまり……得意じゃない。逃げ足だけだ」
「別にそれは構わんだろ。得意じゃないなら戦闘を回避するように努めるのは当然だ。その為にお前は逃げ足が早くなったんだろ? ヘタに腕に自信があって相手との力差も計れずにつっこむ奴より数倍使える」

 男はセイネリアの顔を見上げたまま黙る。それから暫くして半分泣きそうな笑みを浮かべると下を向いて顔を腕で擦った。それから大きく深呼吸をして、男は再び顔を上げるとセイネリアに言った。

「あんたに協力するよ、俺は何をすればいい?」

 そこでセイネリアは男に言った――とりあえず、アジトに戻って連中に俺が来たことを伝えろ、と。



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