黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【24】



 一見人畜無害の初心な好人物に見えるものの、あの騎士はなかなかにくせものではあるのは確かだった。言動は確かにただの真面目な騎士ではあるのだが、その割には引っかかる部分があり過ぎた。

「まぁ、善人ではあるのは間違いないんだろうがな」

 俺と違って……と呟きながら、セイネリアは森の中から見える騎士の背中を見て苦笑する。
 ナスロウ卿の部下だったという点だけなら別にどうという事はないが、その話をした時のあの男の様子とザウラ卿の館での馬鹿息子に対する態度からすれば、あの男が真面目を少し拗らせ過ぎているというのは容易に想像できる。
 いわゆる、彼にとっての『悪』というカテゴリーに属する者を許せないタイプの人間なのだろう。そもそも世の中にあるモノを善悪で判断するなどバカバカしいとしかセイネリアには思えないが、自分が『善』であるという事でしか自信が持てないような人間にとってはそれが重要事項であるらしい。

――だからこれも、あの男にとっての『悪』を潰すため、なんだろうよ。

 今回の帰り路のルート取りだが――普通ならこんな少人数で行く場合、多少遠回りになっても危険の少ない道を行く――行きは確かにその通りでだからこそ遠回りになったのに、今回の道順といえばセイネリアが事前に地図で危険そうだと当たりを付けた場所を悉くなぞるように進んでいた。
 ということは、これはまさに盗賊に会うための道順という訳で、こちらに盗賊退治をさせたいのだろうということが察せる。ヘタをすると『お使い』はそもそもダミーで、ザウラ卿への書面は『領境で少し派手に暴れるが黙ってみていてほしい』という内容だった可能性さえある。だからこそ行きは盗賊に会うのを避けて、帰り道にあからさまな道順選びをしていると考えれば辻褄が合う。
 あの手のクソ真面目を拗らせた人間にとっては、盗賊なんてものはそれこそ排除すべきゴミのような存在だろう。ついでに言えば、ゴミ掃除で現在の槍の主であるセイネリアの実力を見る、というところまでがザラッツの意図するところだろうとも想像出来た。

「……なら、望み通りひと暴れしてやるさ」

 カリンを連れて来たのには、セイネリアとしてもついでの盗賊退治くらい最初からするつもりがあったというのがある。なにせこんな辺鄙で危険そうな場所に女連れが通る可能性は低い。いくら楽にはいかなそうな相手であっても余程の戦力に見えなければ盗賊共としては女連れを見逃したくはないだろう。セイネリアが降りたのは冒険者くずれなら自分の顔を知っている者がいるかもしれないと思っただけで、首都で多少顔を売っておいたのはあまりいい手ではなかったなと今更に思う。

 セイネリアは静かに森の中を行く。アガネルの弟子時代のせいで、森の中、気配を消して極力足音を立てずに歩くのは慣れていた。いくらここに住みついて長い盗賊でもそれに関しては負ける気はしないし、ついでに森の中ならかなり遠くの動物や動くものの気配を読み取ることも出来る。つまり、盗賊共がいるなら必ず向こうが気づく前にこちらが気づく自信があった。
 そうして森の中で馬を追いながら、後ろを行くカリンの姿が見えるぎりぎりまで離された辺りで――セイネリアは間抜けにも道に顔を出してカリン達を見ている馬鹿の一人を見つけた。

――まずは得物の物色役というところか。

 それがすぐに森の中に入って走っていくのを見て、セイネリアは迷いなくあと付けた。まさか自分がつけられているとは思っていない男は、警戒もせずに真っすぐセイネリアを彼らのアジトへと招待してくれることになった。



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