黒 の 主 〜始まりの街と森の章〜





  【8】



 セイネリアは男の顔をじっと見たまま即答した。

「あんたに武器を売って貰えなかったって連中の話を聞いた」
「へぇ」

 男は持っている鎧をまたじっくりと調べ出した。今度は先ほどよりも念入りに、叩いたり、表面を拭いてみたり、鎧の状態を確認しだした。

「それで少なくとも、あんたはちゃんと使う気がある連中にしか売らないような人間だってのは分かった。その後店で売り物を見て、使い易そうなものが揃ってると思った。……まぁ、見た目が簡素な上に値段が高いから、あまり売れてないみたいだが」

 鎧を調べながら、男は喉を鳴らして笑う。

「なかなか分かってるガキだな。俺はな、こういうのは使われてナンボだって思って作ってるからな、ちゃんと活用してくれる者にしか売りたくねぇのよ。で、お前さんはその歳で武具に命預けるって言う、その言い方はいいねぇ、なかなか見どころがある。だからケチりたくないってぇのは更にいい」

 無精髭の生えている顎を擦りながら、男は笑って楽しそうに手に持った鎧を眺める。その様子をセイネリアはじっと観察していたが、唐突に男はこちらを向くと、先程までとはうってかわって真剣な目を向けてくる。

「なぁ、一つ聞いとくが、もし俺がお前用にいい装備を作ってやったとする。だがお前、それをすぐに使える程の腕はねぇだろ。それどこか、半端にイイモノ持ってる事が知れたらな、馬鹿な連中に金を持ってると思われて狙われる事になる。今のお前が装備を手にいれるメリットはないんじゃないか? 本当に今のお前にそれは必要なものか? なんならそれを取って置いて成長しきってから打ち直してもいい、今その体に合わせてハンパなモン作るなら、大人になって完全なモンを作った方がいいだろよ」

 いってくれる、と思わずセイネリアは苦笑した。
 だが、相手の言っている事は事実であるから、それに怒る気はない。それどころか、ただ言われた仕事をせずにそんな事を言ってくる男を面白いとセイネリアは思った。

「確かに、正直を言えば必要という訳ではないな。イイモノが手に入ったから作っておくかと思った程度だ。だが成長してから使うというのは却下だな。今大事にとっておいたとして、使う前に死んだら意味がない。大人になったらその時にまた、最高のものを手に入れればいい。今あるものは今使わないと意味はないだろ」

 男はそれで口を閉ざす。
 一瞬だけ呆れたように目を開いて、けれども顔を手で覆うと、再び喉を鳴らして笑い出す。いや、今度は肩さえも震えて、そのうち声を上げて大声で笑い出した。

「いや参ったね、お前さんは将来大物になりそうだ。だがね……俺もやっぱり鍛冶屋でな、こんなにいい品をバラしちまうのは心が痛むのよ。……でだ、こういうのはどうだ?」
 にやにやとやけに楽しそうな顔をしながら、鍛冶屋は片目を瞑ってセイネリアを指で差す。

「これをただ買い取るってんじゃなく、俺と賭けをしないか? 賭けるのは、お前が鎧を着るに相応しい体が出来るような歳まで生きてるかどうかだ。そうだな、基準は今から大体十年ってとこでどうだ。
 とりあえず今、こいつは俺が買いとる。だが俺が払うのは金じゃなく、代わりに十年経ってお前が俺の元に現れたら、その時の俺が作れる最高の装備を打ってやるってのはどうだ? 勿論、材料もちゃんとお前さん用の最高のモンを用意してやる。もし、これよりいいモンが手に入らなかったらこれを残しとくさ。……どうだ? これは勿体ないから取って置くってケチな話じゃない。今の俺がガキのお前の為に作ってやるハンパモノを選ぶか、それとも十年後の俺が作る最高のモノを手に入れるか、お前さんの生き残る自信と、十年後の俺の技術への賭けだ」
「成程、確かに面白い話だな」

 即答したセイネリアは、やはり口端を楽しげに釣り上げた。

「お前が死んで俺の前に現れなきゃ、俺の丸儲けになる。お前が生きて現れたら、この鎧以上の最高のモンを作ってやる」

 不ぞろいな歯をにぃっとみせて、鍛冶屋は異様に見える程ギラギラした目で言う。

「……それで、あんたの方が先に死んでる場合はどうするんだ?」

 どこか呆れた口調でセイネリアが言えば、鍛冶屋の男は一瞬だけ目を見開いたもののすぐに陽気な声で笑った。

「まーそれも賭けの内だな。それも含めてどうするよ? 伸るか反るかはお前さんに任すぜ。どーせ今のお前さんは防具のあるなしで生死が決まる程の腕はない。なければないなりに上手く立ち回った方がいいってとこだと思うが」
「あぁ、確かに今の俺はただの弱いガキだ」

 セイネリアが苦笑を浮かべると、相手は今度は声を出さずに、口元だけを大きく歪めて笑みを作る。

「今ここで、俺に今のお前に見合ったそれなりの装備を作らせるより、十年後のお前に合わせて作った俺の最高傑作が欲しいとは思わねぇか?」

 男の目は、笑っているというよりもどこか妄執めいた狂気の光があって、それが鍛冶屋という仕事に向けられているのなら、その十年後の彼の作り出すものがどれほどのものになるのか見てみたいと思わせる。
 話だけ聞けばガキを騙して鎧を丸儲けしようとしているような内容だが、この男のこの目を見れば賭けてみるのもいいかと思わせる。

「……まったく、はっきり言う上に口の上手い親父だな。ここで俺が何も持ち帰れない段階で詐欺とも取れる話だろ」
「なに、先払いと契約の印として簡単な胸当てくらいはくれてやる。……それに俺としちゃ、お前さんは十年後に大物になって俺の前に現れると思ってるんだがね」
「そうだな、死んでるか、生きていればそうなっている予定だな」

 言えばケンナは声を掠れさせて笑い声を上げる。
 セイネリアも喉を震わせて笑う。確かに、装備は実用半分ハッタリ半分として欲しいと思っただけで、本当に今必要という訳ではなかった。ただ、いい装備があればそれに合わせて自分を鍛え、意地でも使えるようにしてやると思った程度だ。

「いいさ、賭けに乗ろう。目標を増やしておくのは悪くない」

 賭けるのは自分と鍛冶屋の未来、そう考えるのは悪くないとセイネリアは思った。


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