黒 の 主 〜傭兵団の章三〜





  【9】



「……それで、お前は望みをかなえるため、俺と何をもって交渉する?」

 恐ろしくて逸らしそうになる黒い男の琥珀の瞳をじっと見て、ラダーは答えた。

「代価は俺自身です。どんな苦しい仕事でも、危険な仕事でも、貴方に命じられればなんでもやります。俺自身が貴方の益となるのでしたら、どう使って頂いても構いません。それに、貴方の目につくところに置いた方が、俺が逃げる心配もないと思います」
「つまり、借りは体で返す、というところか」
「そうです、俺にはそれしか払えるモノがありません。ですから貴方が気のすむように私を貴方の益となるように使って下さい」

 考えて考えて、ラダーが出した答えはそれだった。考えれば考える程、代価として払えるものなどそれしかなかった。覚悟という面から考えてもそれしかないと思った。

「たとえ、命を差し出せと言われてもか?」
「勿論です、俺の命で皆を救ってもらえるならっ」

 言えば、黒い男は僅かに口角を上げた。それは馬鹿にしているのではなく、苦笑と言った方がいいものだった。

「惜しいな。間違っていないが、もう少し考えろ」
「……え?」

 返って来た答えが予想外で、ラダーは一瞬、頭が真っ白になった。

「お前が代価として自分自身を差し出すとして、代わりに望むのは金だけでいいのか? 金を返したとしても、孤児院に連中が手を出さないという保証はないだろ。それにお前がいなくなったら、孤児院を誰が守るんだ?」
「あの……それは……どういう」

 ラダーとしてはとにかく代価として出せるものしか考えていなかった。だから自分がいなくなった後の孤児院の事まで考えていられなかったというのが正直なところだ。
 そしてこの男は、そんな事を言い出して、一体どうしろというつもりなのだろう。

「お前が自分自身で払うというのなら、お前を買ってやっても構わない。買うというのだから勿論金は返せと言わない。ただし一生お前は俺に従って俺の命をきく事になる」

 それには急いでラダーは頭を下げた。

「は、はいっ、勿論です。ありがとうございますっ」
「それと、お前の一生を買ってもらうならもう少し欲張ってもいい。返すための金だけではなく、以後孤児院への援助と保護までを交渉してこい。そこまでつけても俺にとっては大した事じゃない」
「あ……え……ですが……」
「心配事を残されたら俺の下で働くにしても支障が出るだろ。自分を売ると言ったのなら、前の関わりは捨てて俺の命だけに従え。……いいか、俺がお前に認めた価値は『信用』だ。お前なら自ら誓ったものを絶対に破らない。俺がそう思えたから、その価値を買ってやる」
「はい……はい、ありがとうございますっ」

 それでやっと、ラダーはこの男から助けてやるだけの価値があると認められたのだと理解した。そしてとにかく金を返すだけしか考えていなかった自分と違って、この男はその後の事まで考えてくれたのだと思ったら……体から力が抜けて震えてしまって立ち上がれなくて、目からは自然に涙が流れてきた。

「言っておくが意味もなく死ねと命令したりはしないから安心しろ。あれは覚悟を確認しただけだ。それに死なれても俺には何の益もない。俺の命をきくと言ったからには最大限にこき使ってやるから覚悟しろ。ただその前にもう少し鍛えてもらうがな。……それだけのガタイだ、使い道はいくらでもある」

 ラダーは頭を地面に擦り付けたまま、ただ感謝の言葉を返す事しか出来なかった。
 セイネリアの声には相変わらず情を感じられない。けれど彼は自分以上にこちらの事を考えて最善の状況を考えてくれた。体が大きくて力は多少あっても何も特別なものをもっていないラダーを、彼は信用出来るというそれだけでここまで高く買ってくれるというのだ。

「条件はそれで問題ないか?」
「はい……はい、それで、お願いいたします、ありがとうございます」

 自分は勿論彼を絶対裏切らないが、この男も約束は守ってくれると確信していた。だから、その時のラガーは彼を疑う気持ちすら起きなかった。

「……なら、契約だ」

 ラダーはそうして、黒の傭兵団の一員となった。ただし、他の団員達とは違う契約をした団員として。





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