黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【58】



 セイネリアはアディアイネが自分に頼み事をしてきた時から、彼という人間が自分に対して嘘はつかないとほぼ確信していた。
 とはいえそれだけで彼の全てを信用出来はしない。
 ついでに言えば、彼に何か底の知れない不気味さも覚えていたから、半分試すつもりで聞いてみたのだ。

『例のこちらに敵対していた連中だがな、細かい邪魔やらウチの団員を攫うなんてのはどうやらウールズ・ラソンという人間にそそのかされてやっていた事だというのが分かった』
『ウールズ・ラソンですか?』

 反応からすれば、それは彼の知らない名であったらしい。
 だが最初からそれは偽名、もしくは誰かの名を語っただけだろうと思っていたから、その名を彼に尋ねる事に大した意味はなかった。

『なら、黒髪に細いタレぎみの黒い目、背は俺の顎程度でやせ型、右手の甲に傷がある男に覚えはないか?』

 そう聞けば彼は少し考えて、それからこちらの真意を確かめるように目をじっと見て聞いてきた。

『貴方が聞きたいのは、そういう男がボーセリングの犬にいないか、という事でしょうか?』
『そうだな、そうとってくれて構わない』
『それに該当する人間はいますよ。ついでに言えば右の耳たぶにも傷があるのではありませんか?』

 そこまで言ってきた段階で彼の言葉を疑いはしないが、やけに協力的過ぎるのには疑問が湧く。というかセイネリアが微妙にこの男を信用出来ると思ってもひっかかるものを覚えるのは、どう考えても警戒心が高そうで能力も高いこの男があまりにもセイネリアに対して友好的過ぎるからである。それに向うからの頼みというのも――セイネリアにとっては都合とタイミングが良すぎていて、何か裏がありそうに思えて仕方なかったというのもあった。

『耳たぶの話は俺は聞いていないな』
『そうですか、そこが合っていれば確定だったのですが』

 それをさも残念そうに言ってくるあたり、どこまで信用していいのかと疑問は残る。嘘は言っていないと思うが隠している何かがあるのは確定で、こちらに言っていない何か別の意図が確実にあると思う。

『本人かどうか確定したいんだが、その人物を見る事は可能か? 会わずに離れたところから確認できるだけでいい』
『それくらいならいいですよ、確認したいだけでしたらこちらで機会を作りましょう』

 これにはさすがに難色を示してくると思っていたから、ここまであっさり了承されたのは想定外だった。だからそれは正直に口に出してみた。

『犬はあんたにとって教え子であり、部下でもあるんだろ? そんなにあっさり了承していいのか?』

 アディアイネはそれに感情のない笑みを浮かべたままやはり軽口で答えた。その瞳の中に狂気に近いものは見えるが、思考は冷静だとみていいだろう。

『その人物を差し出せという話でしたら別ですが、ただ確認したいだけだというなら構いません。……その代わりに貴方ならこちらが協力した分、確実にあの男を引きずり落とすために動いてくれるでしょうから』
『やけに協力的なのは、先に恩を着せて俺を動かすためか』
『それもあります』

 言葉は嘘ではない、それは確定していいだろうが微妙に気味が悪い。だが、そうしてこちらを見る彼の目の奥に自分に対する『期待』のようなものが読み取れて、少しだけセイネリアはこの男がやけに協力的な理由が分かった気もした。

『それで、最終的にお前は俺に何をさせたいんだ? あの狸親父を蹴落とす以外にも何かあるんだろ?』

 だからそう聞けば、アディアイネはたまに見せる、本心から嬉しそうな顔で笑って答えた。

『そうですね、私に何かあった場合殺して頂きたいだけです』




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