黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【5】



 久しぶりに手ごたえを感じてセイネリアの唇には薄く笑みが上った。
 そこから更に一歩前に出て剣を伸ばし、今度はすぐに切り返して次の一撃を入れる。その一撃を避けられたと想定して、逆に攻撃を横から食らった事にしてそれを剣で弾く。想像上の敵は所詮想像の動きでしかないから脅威足りえないが、自分の速度に合わせて想像出来る分少なくともノロマの攻撃を待たなくていい。避けられたら切り返し、受けられたら弾き、切り返し、重すぎる剣の重量をコントロールして剣先を目的の位置へと合わせる。
 振る度に剣の速度は上がっていく。
 最初は体の負荷を確認するように一つの動作をゆっくり行っていたものが、連続した動作となり止まる間がなくなる。
 殆ど止めずに重量の向かう方向を変える事で剣の軌道を制御しているだけだから、振れば振る程剣は加速していく。重みと力を速度に変えて剣は更に速くなっていく。

 どれくらいそうして剣を振っていたのか。

 久しぶりに体に負荷がかかっているという感覚に少し楽しくなっていたらしく、気付けば見ていた連中が皆青い顔をしていた。それでやり過ぎたと思ったセイネリアはそこで一旦剣を止めた。
 ただし、かなり勢いがついていたから最後に片手でその負荷を全部受け止め、地面に剣を突き刺した。
 ザクリ、と鳴るその音で見ていた連中が一斉に息を吐き出した。

――なにせ疲れないからな、止め時が分からない。

 剣を抜いて軽く払ってからセイネリアは剣を腰に戻した。
 疲労もまた怪我と同じく体の異常とみなされるようで、今のセイネリアはどれだけ激しい運動を続けていても疲労と言える程の疲れを感じはしない。相当の運動量となる動作でも、そのまま延々と続けていける。

 だからおそらく、いくら体に負荷を掛けても疲労とならない段階でこれが筋力の向上に効果がある可能性は低いとセイネリアには分かっている。予想通りの結果が出ても今更落胆はしないつもりではあった。
 どんなに怠けても筋力の低下が起こらない事を分かっていて、それでもたまに剣を振って確かめてはみるように、まったく意味のない事ではないだろう。

――さて、今度はあまり速度を上げずに続けるか。

 再び剣を抜き、セイネリアが構えようとするところで声があがった。

「あのっ、マスター、質問してもいいですか?」

 顔を向ければ、それはまた先程と同じくリオ・エスハだ。

「あぁ、いいぞ」
「その、マスター、もしかして装備にわざと重りとか入れてますか?」

 これは少し驚いた。

「そうだ、よくわかったな」

 セイネリアがそう返事をすれば、他の者が驚きの声を上げた後にリオを見る。

「足音とか、剣を振った時の音が前と違ったので、そうかなと……思いました」

 成程、この男は耳がいいのか。一芸に秀でているタイプの人間は駒としては役に立つ。リオも入った直後に一度だけ剣を合わせてはいたから、その時と今で音が違うと感じたのだろう。

「リオ、お前、弓は使えるか?」

 聞いてみると、騎士らしく真面目そうな銀髪の青年は困惑しながらも焦って答えた。

「あ、いえ、その、まったく使えない……事はないですが、使えると言えるような腕ではありません」
「そうか、だがその耳の良さなら弓が使えるとやれることが広がるぞ」
「あ、はい、そうです……ね、ならっ練習しようと思いますっ」
「やる気があるなら、俺が教えてもいい」

 するとリオは晴れた空のような曇りのない青い瞳を大きく見開き、暫くして勢いよく頭を下げた。

「はいっ、お願いしますっ」

 こういう裏がなくて向上心のある人間は見ていて気分がいい。しかもこちらを恐れていてもちゃんと目を合わせてくる度胸と覚悟がある。
 セイネリア自身、現状を考えれば面白い事など一つもないが、こうして――努力して何かを掴もうと貪欲に動く人間を見るのは気分が良かった。こういう人間が目的を果たし、何かを成すべきだと思う。
 あとはこの人物なら、他の連中が認めるくらいの実力をつければ役職をやってエルの仕事を一部任せる事が出来るという打算もある。現状エルの負担が少し大きすぎるから、もう少し幹部の人間も増やすべきだと思っていた。

 だからその日以後、セイネリアは団内での行動、特に訓練場においては基本リオを傍に置くようになった。




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