黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【67】



「俺と話がしたかったんだろ? 全員眠らせて」

 静かになったところでセイネリアがそう言えば、アルワナ神官は悪戯がバレた少年のように笑って肩を竦めた。

「あぁやはりバレましたか」
「いくらエデンスが疲れているにしても寝付くのが早すぎる」
「はは、そうですよねぇ。……ですがそちらの赤い髪の方は貴方の方で指示して頂けて助かりました。この人はさすがに寝ようとしていないのに眠らせるのは難しかったので」
「だろうな」

 自分もそうだが、クリムゾンみたいな人間も精神に働きかける系の術は効き辛いだろうと思う。おそらく前の時も彼が半睡眠状態だったからこそ起きられないくらい深く眠らせる事が出来たのだろうし。

「で、話したい事はなんだ?」

 聞けばアルワナ神官は今度は真面目な声で言った。

「私は、この村で会うより前に、貴方と会った事がありますか?」

――記憶の消去というのは、そこまで完全ではないのだろうな、やはり。

「それは教えられない」

 ラスハルカは吹き出すように苦笑した。

「それは……肯定しているのも同じではないですか?」
「どうとるかはお前次第だ。だが、それについて俺は答えられない」

 それ以上は聞けないと判断したのか、彼は軽く息をついて困ったように肩を竦めた。

「分かりました。ではそれについてはこれ以上は聞きません」
「なぜ、俺に会った事があると思った?」

 逆に聞き返してやれば、彼は薄い笑みを浮かべて答える。

「静かなんですよ」
「静か?」

 それに、アルワナ神官の男は今度は膝を抱えると暗い夜空を見上げた。

「えぇ、貴方を恐れて、死者たちは今この近くにはいません。だから今、とても静かなんです。……アルワナ神官となって死者の声が聞こえるようになって以後、死者たちは自分達の声が聞こえる私を見つければ寄って来て話しかけてくるんですよ。死して尚未練を残すそれを私に訴えかけてくるんです」

 死者の声が聞こえる、というのなら確かにそういう事が起こりえるのだろうとは分かる。そして自分の傍に死者が近づかないのなら、確かにその声が聞こえなくなるのも理屈としてはあっている。

「つまり、普段お前には死者たちの声が常に聞こえている訳か」
「こちらから聞こうとしない限りは大抵は小さくてノイズのようなものですしもう慣れましたけどね……貴方の近くにいるとその声が聞こえなくて静かなんです。そして、その静かさに感動したことが前にある、と思った程度です」
「成程」

 ラスハルカは笑っている。穏やかに笑う彼は樹海の時で話していた彼とまったく同じだった。状況まで似すぎているからセイネリアとしては同じ感覚になってやけにあの時のことを思い出してしまうくらいだ。
 とはいえ、別にセイネリアは彼の消された記憶が戻って欲しいなんて事は少しも思ってはいない。むしろ彼が記憶を消す決断をした理由を考えれば覚えていない方がいいのだろうと思う。だから彼に対する興味としては、魔法使いの記憶消去がどうなっているのかという事の方が大きい。

――これはケサランに聞いた方がいいだろうな。

 どこまで彼が答えられるかは分からないが。ただ魔法使い側としても、ラスハルカが消した筈の記憶を疑っているようだとそれを知る事は意味があるだろう。呼び出して文句を言われる事はない。

「……もし、会った事があったとしたら、お前はそれを思い出したいか?」

 ただ念のためにそれを聞いてみれば、ラスハルカは暫く黙った後、軽く目を閉じて首を振った。

「いえ、もしそうだったとしても貴方からその話をしてこない段階で、思い出さない方がいい事なのでしょう?」

 アルワナ神官である事を隠し、神殿へ情報を集めて回る――そんな役目をもつこの男ならそう言うだろうことは分かっていた。だからセイネリアも彼に言う言葉は一つしかない。

「ならもうそれについては考えるな。俺とお前はこの村で初めて会って仕事を頼んだ、それだけの仲だ。また仕事が合えば組む事もあるだろう」

 ラスハルカは笑う。

「そうですね、その時はまた、よろしくお願いいたします」

 そうして彼は、目を細めてまた何もない空を眺めた。




---------------------------------------------



Back   Next


Menu   Top