黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【29】



 地面に落ちた反動で、手足が千切れ、臓物が飛び散り、それが人であったのは分かるが誰かなんて判別はつかない。だが服装で、それがかつての仲間――西軍の兵であることは分かる。
 そうすればまた黒い影が空から降って来て、門前で構えていた弓兵達の上に落ちた。

「ひぃぁあああっ」

 それもまた、死体だった。
 何が起きたか分からず固まっている兵達の上へ、死体が降ってくる。
 やっと明るくなった空から、黒い影がいくつも現れては落ちてくる。
 それは完全な形のものだけではなく、時には頭だけ、腕だけ、足だけもある。
 勿論こんなモノ、盾程度で完全に防げる訳はない。
 ぶつかった者は無事では済まないし、ぶつからなくても傍に落ちれば恐怖に竦みあがる。腰を抜かして動けず這って逃げる者もいる。その場で吐いている者もいる。
 ただ空から降ってくる死体から逃げようと兵士達はあちこちで逃げ惑っていた。そうして落ちて飛び散る肉塊を見て、踏んで、滑って、狂ったように声を上げてはパニックを膨れ上がらせていく。

――地獄だ。

 彼もまた、その場で吐いた。吐いても吐いても吐き気がして、床につっぷしてただ吐いた。
 それからまもなく、立っているその場が大きな衝撃に揺れた。
 すぐ下までやって来た敵が門に破城鎚をぶつけてきたのだ。







 準備してあった全ての死体を落とした後、エデンスは村から目を離して上を向いた。暫く黙って空を見て、はぁ、と深く息をついてから彼はセイネリアを振り向いた。

「中はまさに地獄絵図って奴だ」

 当然、セイネリアには中がどうなっているかなんて想像が出来ている。確かに酷い状況だろうが戦場では別に珍しい光景でもない。普通に本隊同士が正面からぶつかっていればもっと凄惨な事になっていた可能性も高いだろう。
 それでも彼らが今パニックに陥っている理由は単純で、心の準備が出来ていなかったからだ。兵士が戦場で平然と殺し合いが出来るのは、興奮状態というのもあるが恐怖や倫理観が麻痺してある意味頭がイカレてるからだ。今回はまだ実際の戦闘が始まる前、正気であったからこそ唐突に見せられた残酷な光景に耐えられない者が続出した。

「だろうな。向こうの兵共はいい具合に混乱しているか?」

 セイネリアにとっては、戦場での光景だろうと、今目の前で惨劇が起ころうと違いなどない。綺麗な死体も、千切れてただの肉塊となった死体も同じだ。まぁ臓器が飛び散ると臭いとか始末が面倒だと思うくらいはあるが。

「あぁ、門もすぐに開くだろ。まともに守ってる奴が殆どいない」

 エデンスが吐き捨てるように返した言葉に、セイネリアはあくまで感情なく答える。

「そのようだな」

 セイネリアの目にも門が今にも破壊されようとしているのは見えていた。軋み具合から見ても向こう側から押さえている者が殆どいないのが分かる。矢も来ていない訳ではないがあの程度ならマクデータの神官が払ってくれる。柵を挟んだ矢の打ち合いはほぼ真上から降ってくるから風で排除もしやすい。向こうにも対弓用の術者はいるだろうがこの状況で冷静に術を使っていられるとは思えなかった。

「……さて、開いたか」

 見ている間にとうとう村の門が開いた。向うは木で2重柵にしているため、ザウラの時のように大き目の岩を落として柵を崩すのは難しかった。だから中の連中を応戦出来ない状況に持って行ってから門を開けるという手順を踏んだのだ。

「中の様子はどうだ?」
「まだ混乱してるな、逃げてる者が多い。ただ……敵さんも整然と動いてる一団がいる、そいつらが逃げる味方を止めて戻させてるぞ」

 セイネリアは僅かに口元を緩ませる。
 おそらくそれはセウルズ率いる部隊だろう。というか、さすがに兵達を落ち着かせる為に彼が直接出て来たとみて間違いない。

「こちらの後続部隊はどうだ?」
「騎馬部隊はもうすぐ着く。他も急いでっから思ったよりは早く着きそうだ」

 それでもこちらの本隊が中へ入る前に、敵の方が落ち着いてくる可能性は高い。セウルズも急いでいるだろうから甘い計算でいると痛い目に合うだろう。
 現状ではまだ逃げ出した者も多く、門辺りに残ってる連中もパニックの中にいるから先行部隊が好きに暴れられていられるが、敵が冷静になってくれば囲まれて数で潰される。だからもう一混乱が必要だ。

「なら、そろそろ俺もいくか」

 セイネリアが言えば、嫌そうな顔をしてエデンスがこちらを振り向いた。




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