黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【5】



 傭兵団にも人が増えて、外に出れば仕事に出ていない者達が鍛錬をしている姿を見る事が出来る。彼等を一通り見て、団の戦力を把握しておくのもカリンの仕事であった。基本団員達のまとめ役はエルではあるが、彼はどちらかというと団員達の性格やら人間性の方の把握がメインな分、カリンは彼等の能力面を重視してみていた。

 傭兵団において、名実ともにトップがセイネリアであることは誰も疑う余地はない。だがナンバーツーに関しては、立場によって思う人物は変わる。
 一応、表向きにはセイネリアの次はエルになるが、団内の内情を知る人間程実質のナンバーツーはカリンだと認識している。カリンとしては別にどちらでもいいが、エル本人が『俺が実際は3番目なんてのは分かってンだよ、ただ交渉役として副長って事になってンだろ』と言っている通り、創設時のメンバー間では当たり前のように実質のナンバーツーはカリンという事にはなっていた。
 ただ実際のところ、役割が違うだけでどちらが上という事はない――というのがカリンの正直な感想ではある。
 エルは傭兵団としての表向きの対外交渉と団員達のまとめ役であるし、カリンの担当は裏で動く情報屋のまとめ役だ。単に表と裏の違いだろう。

 とはいえ、閉ざされたメンバー内で組織として既に出来上がっている情報屋と、常にメンバーの入れ替わりがあって表立って少し派手めの活動をする傭兵団では纏めるにしても負担が違う。
 情報屋の方はカリンより古参の信用出来る面子がいるからそちらに通常時の仕事を投げて、カリン自身はセイネリアの側近的な役目として平時は傭兵団の方にいる事にしていた。……ちなみにこれはカリン自身の希望でもある。セイネリアの身の回りの世話と細かいフォローの仕事をするためにカリン自身がつくか、情報屋から誰か出すか、どちらがいいかと言われたから自分がつくとカリンが言ったのだ。
 それは当然、カリン自身がセイネリアの傍にいたいというのが大きかったが、この頃のセイネリアに対して妙に不安でもあったからだ。

 樹海の仕事から帰ってきた後から、主の様子は少しおかしかった。

 ただ最初は彼には何か懸念している問題があるらしい程度の認識だったから不安に思っていなかったが、このところのセイネリアの様子はハッキリおかしいと断言できる。決定的に変わったのはあの鎧を受け取って帰ってきてからで、だがあの鎧が原因とは思えない。鎧を作ったケンナという鍛冶屋は別に呪術的な何かを施してはいないといっていたし、信用出来ないような人間でもなかった。セイネリアの様子自体、鎧のあるなしで変わる事はないから原因は別だろう。

 だが何かあった、のは確かだとカリンは思う。

 樹海から帰ってきた後、主は妙に寝ている間の事を気にしていたようだったが、それも決定的に変わってしまったあの日からは何も言わなくなった。それまではカリンに自分の様子について何かおかしいかと確認する事もあったがそれも今はない。というか、カリンに対して事務的な内容以外の話をすることが極端に少なくなった。相変わらずカリンを信用してくれているのは分かるし、カリンが意見すれば聞いてくれるが、前のように彼の方から意見を聞いてくることはほぼなくなった。
 元から感情を表に出すような人間ではなかったが、それでもカリンには皮肉や正直な感想、愚痴等を言ってくる事もあったのに、最近ではそういう『ここだけの話』もなくなった。

 そして決定的に違うのは、カリンでさえ、彼を『怖い』と思う事だ。

 以前からセイネリアは他人に怖がられていたが、カリンは少なくとも彼の部下になって以後で彼らが言うような怖さを感じた事はなかった。けれど今は、怖い、とそう感じる事がある。それは自分が何かされそうな意味での怖さではなく、得体の知れない、という意味の怖さだ。直感的なものなので何故かは分からない。一言で言えば、不気味、という言葉が近いのかもしれない。

 だからセイネリアに何かがあったのは確実だろう。だがその何かは分からない。ただ、少しでも自分が出来る事があるならどうにかしたい。彼が何かを求めている時にそれにすぐ対応できるようにするため、カリンは主の傍にいるべきだと思った。





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