黒 の 主 〜真実の章〜





  【1】



 あの、黒い剣を手にし、その主と認められた時。
 セイネリアが見たある男の一生の物語は、讃えられるべき騎士の中の騎士の物語だった。……ただしその最期以外は、という条件がつくが。

 その騎士はギネルセラとは逆で、誰もが魔法が使える世界の中、自分の中に魔力がまったくなかったせいで魔法が使えなかった。
 だから彼はひたすら騎士として我が身を鍛えた。魔法がなくても戦士としては誰にも負けないくらいの身体能力と技を手に入れた。それでも彼を馬鹿にしている者が多かった中、あの王だけは騎士を認めて重用してくれた。だからこそ騎士は王に忠誠を誓い、誰よりも王に忠実であろうとした。

 けれど騎士は歳を取り、次第に体が思うように動かなくなっていく。更には病気にかかり、騎士としての務めも果たせなくなった。そこで王に頼まれたのだ、死期が近い騎士に向かって、ならば剣の中に入ってあの魔法使いを抑え、これからもずっと私に仕えて欲しいと。

 勿論、騎士は喜んだ。

 衰えてこのまま死ぬしかないと絶望していた騎士にとって、王のその頼みを断る理由などなかった。自分がまだ王に求められているというのは彼にとって喜び以外の何物でもなかった。当然彼は死して尚王に仕える事を喜びと共に固く誓った。

 けれど、魔法使いギネルセラは騎士に言ったのだ。

『――――――か? ―――――――――か?』

 その場面は思い出せるのに言葉はまったくわからない。
 だが、ハッキリしているのはギネルセアのその問いかけの後、騎士は王を裏切りギネルセアの手を取ったという事だった。

 そうして、その騎士がこの剣の主としてセイネリアを選んだ。

 黒の剣の中には魔法使いギネルセラとその騎士の魂が入っている。剣の主となった事でセイネリアの中にはギネルセラと騎士の記憶がある。とはいえ通常時にセイネリアが二人の意識を感じる事はまずない。ギネルセラに至っては単に彼の感情だけが残っているような感覚で、まともに彼の思考や意思を感じた事はなかった。これはほぼ魔槍の時と同じようなものだ。そして騎士については――ハッキリとした意識がある筈なのだがこちらと会話をしたのは一度きり、この剣を持ち、セイネリアを剣の主にするとそう決めたあの時だけだ。

 だからセイネリアは推測した。
 おそらくギネルセラは剣の力を制御する魔力としてこの剣の中にいる。ただし彼はもう人格が殆ど壊れていて感情と記憶だけの存在となっている可能性が高い。だから剣の意識となっているのは騎士の魂で、彼がギネルセラを抑えている。結果だけ言えば王の思惑通りになっているという訳だ。

 だが騎士は王を剣の主に選ばなかった。

 ギネルセラが剣の中で騎士に言った言葉は分からない。ギネルセラの記憶も剣に入るまでだからその時の言葉は記憶にない。
 ただこれは騎士がわざと隠しているのだとセイネリアは思っていた。なにせ剣を手にいれたときに騎士の一生、剣の中に入れられるまでのいきさつまでは分かったものの、その記憶をちゃんと辿ろうとすると例の言葉だけではなく場面場面で不自然な程あちこちに抜けがあるのだ。意識がないと思われるギネルセラの記憶が抜けだらけでも魔槍の例から納得出来るが、彼の記憶は剣に入るまでならきちんと思い出せる。なのに騎士の記憶は時系列的にちゃんと辿れるのにところどころ唐突に抜けていたり、騎士への言葉のように場面だけで会話内容が分からなかったりする。これはどうみても意図してその部分だけ記憶を隠しているとしか思ない。
 騎士の意識があるからこそ意図して記憶を隠せるのではないかとセイネリアは思っていた。

「まったく……」

 本当に厄介なものを手に入れた。
 とりあえずセイネリアとしてはいざという時に使えないと意味がないから、使いこなせるようになるまでは試してみるつもりはあるが、ある程度加減の仕方が分かったら基本的に使うつもりはなかった。ただ持ち歩かないとなれば他人が触れないようにする必要があるから、その内剣を置くために鍵がかかる部屋でも作るしかないだろう。

 暗い部屋の中、窓の外はまだ暗いのを確認してセイネリアはまた目を閉じる。

――疲れていない、訳ではない筈なんだが。

 樹海から帰って来てから、あまり寝つきがよくなかった。いろいろ考える事があって頭が冴えているだけかとも思ったが、眠るとギネルセラや騎士の記憶が自分の記憶と混ざったような夢を見るから警戒して眠れないのもあるかもしれない。別に体の方に不調を感じる事はないから問題視はしていないが何か微妙に嫌な感じもしていた。
 それでもその時点ではまだ、セイネリアは少なくとも現状を異常だとは思っていなかった。




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