黒 の 主 〜運命の章〜





  【79】



 仕事が終わって解散した後、クリムゾンは隠れてセイネリアの後を追っていた。エルと一緒に酒場に行ってからはずっと、彼等が出てくるのを酒場の外で待っていた。
 おそらくセイネリア自身は気付いているに違いない。分かっていて気づかないふりをしている。なにせクリムゾンは気配を消し切っていないのだ、気付いていない筈はなかった。
 だからやはり当然、セイネリアが一人で酒場から出てきそれを追ったら彼はわざとだろう人通りのない路地へ入って行って足を止めた、そして。

「で、お前の方の用件はなんだ?」

 クリムゾンとしては彼を付けること自体が目的ではないから、すぐに姿を現した。
 それから、彼に言いたかった事を言うため、その場に膝をついた。

「俺を、あんたの部下にしてほしい、セイネリア」

 黒い男は振り向いた。クリムゾンは頭を下げる。

「あんたは本当に最強の男だ。俺は、強いあんたを見ていたい。最強であるあんたが最強のままである為に何でもする。俺は、役に立てる」

 クリムゾンが初めて認めた最強の男。どうやってもこの男には勝てないとそれを自覚した段階で、クリムゾンはこの男の部下になりたいと思った。最強である男が最強である姿を近くで見て、そのために働く。それがクリムゾンの願いだった。

 笑った気配がして顔を上げれば、最強の男は確かに僅かに笑っていた。だたそれは見下して嗤っているのではなく、面白そうだとそう思っている顔で……直後に彼はこういった。

「確かに、お前は役には立ちそうだ」

 ならばこちらに興味を持ってくれたのだろうかと少し緊張をくずせば、今度は少し低い声で彼は聞いてくる。

「だが……最強である俺の部下になりたいというなら、俺が最強ではなくなった場合はどうするんだ?」

 試されている、とそれが分かったクリムゾンは即答した。

「殺すか、去る。あんたがその強さを失ったら、あんたの部下でいる意味がない」

 それがこの男の望む答えだとそう思ったから、クリムゾンは言って見下ろしてくるその琥珀の瞳を見つめ返した。
 男の口元が満足げに更に吊り上げられた、とそう思った直後に彼は声を上げて笑い出した。

「いい返事だ。そういう分かりやすい奴はいい。いいだろう、ついて来い」

 セイネリアが背を向けて歩き出す。クリムゾンは彼の背後に、距離を取ってついて行った。






 魔法都市クストノーム、魔法ギルドの本拠地があるここは、街全体が強固な城壁に囲まれていて城塞都市とも呼ばれている。また高地にあるため転送以外の手段で来るのは相当に難しく、基本的には魔法使いとその勉強をしにきた者と、あとは魔法使いに仕事を頼まれた冒険者しかいないと言っていい場所だった。
 街の中心付近には魔法ギルド関連の建物が建っていて、アリエラとサーフェス、そしてラスハルカはその中の一つに連れてこられた。勿論、魔法使い二人とは違う理由でここ来たラスハルカは建物に入ってすぐに別の方へ行ってしまったからアリエラには彼がどうなったかは分からなかったが。アリエラとサーフェスはまずは魔法使いになるためのもろもろの手続きと準備が必要という事で、それに追われてもう会わないだろう他人の事など考える暇もなかった。

 そうして実際、魔法使いになる儀式の日――その途中でアリエラは、もう会わないだろうと思っていた人物に会う事となった。

 それには師である魔法使いメルーで、魔法使いになる儀式の内の『記憶と知識の継承』とかいうののために特別に連れてこられたらしい。両脇を監視役の魔法使いに挟まれ、身動き出来ないように拘束された彼女は口まで塞がれて床に座らされていた。ただアリエラが彼女の前に立つと口だけは自由にされて、儀式の進行役の魔法使いに『何か言う事はあるか』と聞かれていた。

「元気そうね」

 この状況であっても師であった女魔法使いの態度はふてぶてしいままで、呆れるやら、でも納得するやらで複雑な心境だったが、ある意味拘束されても彼女らしいままなことには感心した。

「おかげさまで」

 それを嫌味と取ったのか、少しだけ彼女はむっとした顔をしたが、すぐに気を取り直して聞いてくる。

「そういえば、あの男は狂ったりはしてないかしら?」

 もちろんこの場合のあの男が誰かなんて聞きはしない。

「はい、特に変わりはありませんでした」
「今のところは……ってだけじゃない?」

 それは少し、何か含みのありそうな笑みと共に。

「いつも通り馬鹿みたいに冷静で偉そうでしたし、何も変わりはないようでしたが」

 すると、ふぅん、と呟いた後、彼女は少し考えていたようだったが、それ以上は聞き返してはこなかった。だから逆に、今度はアリエラから言ってみる。

「師匠様、私も聞きたい事があります」
「何よ?」

 相変わらず態度だけは上から目線だが、今日は物理的にアリエラが彼女を見下ろしている状態だ。そう思ったらなんだか楽しくなってしまって、アリエラは笑いたくなるのを抑えて聞いた。

「今回の件、師匠様は何が失敗だったと思いますか?」




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