黒 の 主 〜運命の章〜 【3】 そして残る最後の一人だが、これは戦力枠ではなかった。 「なんていうか随分面倒な術だね」 サーフェスと名乗っていた青年は、メルーの弟子と同じく魔法使い見習いらしい。ただし師からは離れ、上級冒険者となるくらい冒険者として仕事をこなしているという。自己紹介の時に植物系魔法使いで医者でもあると言っていたから薬草類には詳しいだろう。エルが治癒出来ると言っても、怪我や病気の状況によっては役に立つ。上級冒険者になるほど仕事をしているというだけあって、体つきも服装も魔法使いにしてはちゃんと冒険者らしく見える。 見習いであるから歳も若く、セイネリアとさほど変わらない年齢に見える彼は珍しい紫の目と髪を持っていた。皮肉が多い言動からすれば頭は良さそうだ。 見習いでさえ魔法使いが冒険者としてパーティにいる事は珍しいから、魔法使いが3人もいるというのは相当にレアなケースとなる。戦闘時に役立つ事は期待しないが、魔法的な問題においては期待してもいいだろう。樹海という特殊な状況ではそれなりに心強くはある。一応戦闘面では確実に計算できる戦力もいるから余程の事態にならなければどうにかはなる、というのがセイネリアの現状での分析だった。 「いーい、樹海っていうのはね、魔法を普通には使えない場所なのよ。あちこちに断魔石が埋まってたり魔法が篭った木や石があったりするから、突然魔法が無効になったり、へんな方向に魔力が向かったりするの。特に広範囲に影響する魔法は基本的には使えないと思って頂戴」 「広範囲というと例えばどんなものでしょう?」 質問をしたのはラスハルカだ。彼はよくおしゃべりなこの女魔法使いの話相手をしていた。単純に話し好きなのか好奇心が強いのかそれ以外か……ともかく、彼が相手をすると他の連中は雇い主を彼に任せて放っておくのがお約束だった。 「そうね、例えばちょっと体を浮かす術を使うじゃない? それで気分よく移動してたら突然落ちる可能性があるってとこ」 「はぁ〜ぁ、それはへたに魔法を使ってられませんね」 「そう。ただ強化みたく体やモノに掛けてそれだけに作用するような術は別、ある場所にきたら突然解けるとかいうのはないわ。勿論、魔法が効かない場所では術を掛ける事は出来ないけど。ただちゃんと『道』として両側に杭がうってある場所は魔法が使えるから『道』を歩いている間は好きに術が使えるわよ。それから外れたら……――」 メルーはまだ樹海についていろいろ説明していたが、それは樹海に行くような冒険者間では広く知られている内容ばかりであったからセイネリアは適当に聞き流した。他の連中も大半は黙って聞いて無視している感じで、例によってラスハルカだけが熱心に聞いていた。 そうして一通り喋って満足したのか、やっと口を閉じたかと思うと彼女は皆の前から引いて後ろについた。代わってエルが前に出て行こうとしたから、あきらかにげんなりとした顔をしていた彼に思わずセイネリアは小声で声を掛けた。 「苦労するな」 「るっせ、そう思うなら協力しろ」 「大人しくお前の言う事を聞いてるだろ」 「……へいへい」 彼とのこういうやりとりは久しぶりで、彼を見た時から感じている違和感は気のせいかと思いそうになる。勿論だからといって『何でもなかった』と思い込みはしなかったが。判断に願望を入れてはいけない、逆に『自分にとってそうでなければいい』という方が正しいと思っておく方が何かあった場合に対処出来るというのはセイネリアがいつも思っている事だ。 「じゃ、先頭は俺とセイネリアで行く。次にサーフェスとウラハッド、で依頼主さん方、最後尾がクリムゾンとラスハルカだ。あまり間を空けないように、何かあったら後ろから声掛けてくれ」 「つまり、声が聞こえるくらいの距離しか離れるなって事だな」 セイネリアが言えば、エルがこちらを見て笑う。 「あぁ、そういうこった」 その少し呆れたような言い方もセイネリアの知るいつもの彼ではあった。 彼がこちらに背を向けて樹海側を向くと同時に、セイネリアは彼の横へつき、それを確認してエルが後ろを向いて声を上げる。 「んじゃ行くぞ」 返事の声が返ってくる。歩き出せば後ろがついてくるのが分かった。エルがこちらの背を軽く叩いて小声で言ってくる。 「ンじゃ、お前は前方を注意しててくれ」 「あぁ、分かった」 森歩きが慣れているセイネリアに行く先の確認を任せて、エルは主にメンバー側の様子と周囲全体を見るつもりだろう。 「ちょっと、歩くの早すぎじゃない?」 歩き出した途端、女魔法使いの文句が飛んできてまたうんざりするエルを見てセイネリアは笑った。 「前途多難だな」 「まぁぁっっったくなっ」 ともかく、そうして一行は樹海の中へと入って行った。 --------------------------------------------- |