黒 の 主 〜運命の章〜





  【1】



 西の下区といえば首都におけるいわゆるスラム街の事で、まず真っ先に治安がよくないと皆思い浮かべて顔を顰めるものだ。
 だが人に聞かれたくない話をしたい、というのなら西の下区にある酒場は割合手軽にその希望が叶う。なにせここはそういうヤバイ話をするのに使うのが普通となっているから、暗黙の了解として他人の話を聞こうとしてはいけない事になっている。酒場の主や用心棒役の者が見張っていて、違反者はさっさと摘まみだされて半殺しだ。
 とはいえ勿論、表の酒場街にもそういう話を出来る店はある。だがそれらはどこも高級店で、基本貴族や金持ち連中等、地位がある者達のためのものだった。だからそうでない者達が秘密の話をするなら西の下区の酒場がお約束で、当然治安の悪いここへくるための度胸と腕が必要だった。それがない者はそもそもそういうヤバイ話に手を出してはいけないという事だ。

 その西の下区のとある酒場、比較的まだ表通りに近いからそこまで危険な場所ではないが、そこへエルから呼び出され、セイネリアは今回の仕事の詳細を聞いていた。

「仕事内容は、樹海の遺跡探し。依頼主は結構名の通った女魔法使い。昔樹海にいたっていう偉い魔法使いの城跡の位置にあたりをつけたから、そこへ行く連中を探してるって事だ。勿論報酬も払うし、本人は魔法に関する資料だけが手に入ればいいそうだから、それ以外に何か発見した場合は発見した本人のモノにしてくれていいそうだ」

 内容を聞いて、セイネリアは成程と思った。
 本来ただの仕事内容の説明をするだけならわざわざこんなところへ来る必要はない。特にエルみたいな滅多にこんなところに来ないような男がここへ呼び出したのならそれ相応の理由がある。
 つまり、仕事内容が相当に胡散臭いのだ。

「エル、その女魔法使いは美人だったか?」

 聞いてみれば、青い髪のアッテラ神官はあからさまに不審そうな顔をする。

「そんなのに興味あるのか、お前別に女に困っちゃいねぇだろ」

 だがセイネリアは気にせず聞く。

「どうだった、エル?」
「んー、まぁ、美人だろうなぁ」
「見た目だけなら若くて美人、宝石やら装飾品で飾りたててる、そんな外見か?」
「あぁ、そんなとこだな」
「だったら黒確定だ。外見を飾るのに拘る女が、俗世に興味がないなんて事はあり得んからな。あの魔女と雰囲気が似てたんじゃないか?」
「……あぁ……かも、しれねぇ」

 エルが嫌そうな顔をして、セイネリアは笑ってみせた。
 依頼主は女魔法使いとそれだけでも警戒するのに十分なのに、それを聞けばもう真っ黒確定だ。一応魔法使いらしく俗世に興味がまったくない、というタイプならまだこの条件もありえないとは言わないが、俗世に塗れた女魔法使いがそんな気前が良いとは思えない。
 生きて帰らせる事を考えていないからこそ美味いエサをぶら下げてみせた、というところだろう。

「どうする? それでもこの仕事を受けるか?」

 エルが彼にしては茶化しが一切ない固い声で聞いてくる。

「いや、受けよう。面白そうだ」

 セイネリアは即答した。引っかかるものは多いが、見えている状況では断る理由はない。内容的にもいつもの自分なら却って好んで受けるような胡散臭さだ。

 それに……この酒場で待ち合わせて、久しぶりにみたエルからセイネリアは妙な違和感を感じていた。そもそもこんなところへ呼び出すところからして彼らしくないというのもあるが、まず見ただけで少しやつれた感じがあるし、受け答えは彼『らしく』はあっても前のような気楽な明るさがない。場所が場所だから警戒しているとも取れるが、話している最中も妙に緊張している感じがある。まるで……この仕事をこちらに受けてもらわないと困る、というように。
 そう思ったから彼の話が始まるよりも前に、セイネリアはこの仕事を受けるのは決めていた。

「これで死ぬなら、所詮俺はその程度の人間だという事だしな」
「やめてくれ、俺はこんな仕事でも生還したいからお前を誘ったんだぞ」

 こちらから茶化してみれば、彼は彼『らしく』そう言ってあからさまに嫌そうな顔をした。だがこちらが受けた事で安堵したという様子もその表情から見て取れる。

 おそらく、この仕事を受けたい理由がエルにはあるのだろう。セイネリアに仕事を受けてもらいたい理由は彼の言う通り生還したいから……というのは本音だとは思うが、魔法使いなんていう得体が知れない依頼主に対しての警戒が主なところか。

 ともかく、エルはこの仕事がヤバそうなのを分かっている。
 それでもどうしても受けたい理由がある、ということだ。




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