黒 の 主 〜予感の章〜





  【26】



「よく許可が下りたものです」

 『収集者』フロスの言葉に、『承認者』ケサランは不機嫌そうに腕を組んだ。
 今回、カリンが本当にどんな状況でもセイネリアの命令を聞くか――とそれを証明するためのテストは、フロスにも協力してもらうと同時に見届け人としての役目も担って貰った。まぁ、能力的にケサランがカリンを判断したなら間違っている筈はないのだが、お偉いさんにはケサラン自身を疑う者もいる。今回はコトがコトであるから客観的に見て問題ないと言える根拠を示さねばならなかったという訳だ。

 ただ、その客観的に見る役目をフロスにする事に関しては、セイネリアと関わりがあった人物という事で難色を示す者もいた。勿論それもあってケサランとしてはフロスの名をあげたのだが、テストには彼の能力が必要だという事でどうにか許可を取る事が出来た。それに実際フロス自身、確かにいかにも魔法使いらしい考え方をする人物であるからそれを分かっている上の者が反対者を説得してくれたというのもある。

「下りるだろうよ、ギルド側はあの男に貸しを作りたいし、出来れば弱みを握りたいからな」

 なぜこちらがこうまで腹が立つのか自分でも不思議なくらいだが、ケサランは投げやりにそう言い捨てた。
 ちなみにテストにフロスの能力が必要だというのも本当の事であった。なにせあの化け物を見つけて連れてくるまではいいとして、一瞬で彼女の前から消すなんてことはケサランには出来ない。あれは事前にフロスが『穴』のための術をあの場所に仕込んでおいて、化け物が来る直前に術を発動させたのである。化け物は『穴』から繋がった本物の穴に転送された。いわゆる魔法の落とし穴のようなものだ。これはセイネリアからの情報が早速役に立ったというのをギルドに見せる意図もあった。

「それはそうでしょうけど、やはり危険は残りますから」
「危険?」

 声にはどうしても苛立ちが出る。それはフロスの声が冷静過ぎるせいでもあった。しかも彼はそこで更に苛立つような事を言ってくる。

「彼女本人はあの男の命令を命を懸けても守ることは私も承知しています。ですが魔法による操作があった場合は? 最悪の事態は、彼女が何らかの事件の証言者として呼ばれて告白の術を大勢の前で使われる事でしょうね」

 本当にこの男はどこからどこまでも魔法ギルド側の事しか考えていない。そう呆れるが、それで苛つく自分の方がおかしいのだとケサランは苦笑する。それから今度はこちらも努めて冷静な声で彼に言った。

「彼女はもと、『ボーセリングの犬』だ」

 その意味をすぐ理解できなかったのか、フロスは『だから何だ』という顔をしてこちらを見てくる。

「もと暗殺者という事ですよね?」
「あぁ、それだけじゃない。ボーセリングの犬なら多少は術に抵抗出来る筈だ」
「多少程度で役立ちますか?」
「一瞬でも抵抗出来れば自害出来るだろ」

 フロスはそれに黙る。ケサランはこの忌々しいくらい魔法使いらしい思考の男に冷めた目を向けた。

「彼女にはその覚悟があった。お前も見た通り、本気で彼女はあの男の命令なら命を捨てる。……つまり、あの男がギルド側の言う事を聞かねばならない事態にはならないだろう、という事だな」

 だからケサランは彼の要求をギルドに通した。
 だが、そう思っていても何故か嫌な予感がする。理由は勿論断言出来ないが、あえていうなら……あの男が持つ『情』が見えてしまったからか。

 確かにあの男はいつでも冷静に理性で物事を考え、計算で行動する。だが決して冷酷ではない。自分さえよければ、なんて行動はしない。それは自分の益となり得る人間に対して益を与えておけば後々こちらの益となるという計算の上の行動である、といえばそれだけかもしれない。
 けれどそれを全て計算だと言い切るには、認めた人間に対して彼は気を掛け過ぎている。その人間のために必要以上に労力を掛けてやっている。更に言うなら信用し過ぎている、今回のカリンの件のように裏切られた場合のリスクが大きい場合でも『裏切られたら自分はそれまでの人間だ』と信用と同時に自分の退路を断つのが彼の考え方だ。

 彼の人を見る目が確かであるからこそ、それは今のところ全て上手くいっている。ケサランもあの男が認めた人間が彼を裏切る事はないだろうと思う。
 だが、裏切らなくても足枷となる事はある。




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