黒 の 主 〜騎士団の章・一〜 【30】 セイネリアが入場口から姿を現せば、それだけで人の声が膨れ上がる。うねるように響く歓声の中、セイネリアは赤のゲートに向かって行く。それに続いて再び会場が沸く、今度は反対の入場口からソーライが入ってきたからだ。 去年の総合優勝はステバンだが、この馬上槍試合の優勝はソーライで2位がステバンだった。ソーライは剣では2回戦でステバンに当たってしまったためそこで負けてポイントが入らず、剣では魔法ありもなしも優勝がステバンだったため最終ポイントで優勝がステバンとなったそうだ。 ちなみに剣は魔法ありとなしのどちらかにしか出ていない者が多いため、両方出ている場合はどちらか順位の高い方でポイントを加算する。ステバンは魔法ありなしどちらも優勝したそうだから文句のつけようはなかったようだが。 ――つまり、槍だけならこいつが一番上な訳だ。 馬に乗ったガタイのいい男は遠目でもなかなかの空気を纏っている。正面から対峙すればそれだけでプレッシャーを掛けてくるだろう。……勿論、セイネリアにとってはそれで怯むなどという事はあり得なかったが。 セイネリアは馬を撫で、馬上にあがる。 「青、ソーライ・ウェゼブル。赤、セイネリア・クロッセス」 そこでまた歓声が大きくなる。一回戦とは違って、ここで選手は競技場内を一周してから自分のスタート地点へ向かう事になっていた。 歓声に応えてセイネリアも一応手を上げる。お約束だが応援の声もあれば少々乱暴な野次も聞こえる。ソーライの方は愛想よく観客に手を振っていたが、さすがにセイネリアはそこまで客にサービスしてやる気はなかった。 観客席に沿って馬を歩かせれば、見やすい席は招待客用の席だから当然そこに座っている連中の顔は良く見える。やはり女が多いのは初日と変わらず、しかも前を通り過ぎていけばそれぞれ意味ありげな視線を投げてきたり手を振ってきたりしてくる。兜を被っているおかげで視線が合う事を気にしなくていいのには感謝したいところだ。 一周が終われば開始位置について、バルドーが槍を渡してくる。 「ほらよ」 着替えの時からここへくるまで、セイネリアはバルドーから去年の試合の話を聞いていた。ソーライは自慢のガタイもあって馬上での安定感が素晴らしく、槍を当てられても落ちる事はなかったという。基本は相手を落して勝ち、ただ決勝のステバン戦でだけは互いに槍を当てたものの落ちる事はなく、1本目を判定でステバンが取り、2本目に判定でソーライがとった後、ステバンが負傷したためそこでソーライの優勝が決まったそうだ。 ――確かに神官達が待機してる分、ヘタに耐えた方がダメ―ジがあるかもな。 槍がぶつかった時点では魔法による防御はない。神官達はぶつかった後に術を入れて選手を守る。だからクリュース限定で言えば、大人しくふっとばされたほうが衝撃を受けきらなくていい分軽傷で済む可能性は高いとも言えた。 正面に立って改めて相手を見れば、明らかに雑魚共とは比べられない安定感があってセイネリアも思う――確かに頑丈そうな体だと。 背はセイネリアの方が高いが、おそらく体重は同じか向うの方が少し上くらいだろう。体の厚みは向うが上で、いわゆる相手は筋肉ダルマ的な体格だ。そういう連中は上半身に比べて下半身が弱い事も多いが、傍で見た時の体つきを思い出せばあの太腿なら下半身の安定感も高いだろうと分かる。 ただ馬上での安定感ならこちらも自信がある。しかも向うとは違う訓練で鍛えている。馬上で動く獲物を射る訓練は『正しい体勢』以外も多い。 そこで風笛が鳴る。セイネリアは馬の腹を蹴った。 向うとこちらのコースの間を区切る低い柵に沿って互いに馬を走らせる。 まずは確認程度で向うの望み通り、一本目は真正面からぶつかってみるとする。セイネリアは馬の速度を上げ、下半身に力を入れた。背筋を伸ばした姿勢から上半身の重心を少し前気味にして近づく相手を見る。馬上槍試合では兜は顔を完全に隠すモノを使うから相手の顔は見えない。だがきっと、向うもこちらを真っすぐに見据えている筈だった。狙うは左胸に浮かぶ魔法のマーカー、遠くからでもよく分かる。 馬が駆ける、人々の歓声と馬の足音が耳を塞ぐ、他の音は聞こえない。 相手の姿はすぐに大きくなって、互いに槍を構えた右腕が動く。 目標は左側を走る相手、槍先が交差して相手の胸に向かう。 ドン、と体にくる衝撃には流石に歯を噛み締めた。思ったよりはかなり重い。 けれど落ちる気はしない。下半身に力を込め、槍を持つ腕に力を込める。槍先が当たったのは見えていた、ほぼマーカーの真ん中に当たっている筈だった。 すれ違って暫く走れば歓声の違いで状況が分かる。どうやら向うも落馬はしなかったらしい。そこは流石だなと考えながらセイネリアは馬の脚を緩めた。目の前の審判役も旗を上げてはいないからこれから位置確認となる。だからセイネリアは一度馬を止めてから馬の方向を変えて中央の審判役のところへ向かった。 --------------------------------------------- |