黒 の 主 〜騎士団の章・一〜 【5】 訓練場へ戻れば変わらずだらけている連中がいて、セイネリアはいつも通り無視して鍛錬を始めた。ここにいる間を我慢して過ごすのはいいのだが、その時間を無駄にするか自分の得になるように使うかは自分次第だというのに何故楽な方に流れるのか、セイネリアとしては疑問しかない。 ちなみに、だらけている連中も流石に駄弁ったり寝ているだけで一日を過ごしている訳ではない。一応朝は集まって朝礼で今日の予定を聞いた後、各自軽く体を解したり等はしている。そこから休憩しつつ、仲間内での遊びの模擬試合のような事はたまにやってはいた……勿論、それでセイネリアに声が掛かる事はなかったが。訓練だけでなく、荷物運びや街の城壁の様子を見に行ったりの雑用仕事が入った時は出かけて一応仕事自体はする。当然規律なんてクソくらえのやる気のなさではあったが、訓練を真面目にやらずにだらけているだけで言われた事自体はやっているという状態、ではあるようだった。 ただ今日は一日団内での訓練日だから特に彼らがだらけている日で、いつも通りなら日陰で駄弁っているか誰かがやっている模擬試合で騒いでいるかのところ、途中から歩き回っている姿が目についてどうやら何かを運んでいるようだった。 それでもこちらに声を掛けてはこないから、隊としての仕事ではないのだろう。 ――となれば……予想は付くな。 ただ実際、その日の訓練時間の終わり近く、その予想通り過ぎる光景を見た時はばかばかし過ぎてセイネリアは大笑いをしそうになったが。 「おい新入り、これを片づけておいてくれないか」 言った男が指さした先に積んであったのは訓練用の砂袋やロープ、重り、ぬかるんだ地面に敷くための石等、倉庫にあった重そうなものを片端から持ってきたという感じだった。こちらへの嫌がらせのために皆でせっせと運んだと思えば頭が悪すぎて笑うなという方が無理だ。 「……何を笑ってる?」 こちらが嫌そうな顔一つしないどころか笑っているのに気付いて、指示してきた男が不審そうに見てくる。その間抜け面にも笑えてしまって困ったから、セイネリアは相手を見ないようにして近くにあった砂袋を持ち上げた。とりあえず2つ程、重さはまぁまぁあるがセイネリアにとっては大したことはない。だからついでにもう2つ持ち上げて、両肩にそれぞれ乗せた。 「な、に……」 ちらと見れば相手はただでさえの間抜け面を更に呆けたように口を開けていた。 「これを倉庫に入れておけばいいんだな?」 「あ……あぁ、そうだ」 「なら先輩方は上がってくれて構わないぞ、この程度なら俺だけですぐ終わる」 「そ、そうか……たのむ、ぞ……」 逃げるように他の連中の元へ向かった男にまた笑ってしまいながら、セイネリアはそのまま倉庫へと向かった。そして実際、その片づけは訓練時間の終了の鐘が鳴る前に終わった。 先輩連中からのいわゆる『嫌がらせ』は次の日も続いた。今回は前日よりも更に量が増えていたがやはりセイネリアは楽々片づけ、運ぶ作業でぐったりしていた連中をうんざりさせた。 それで分かったのだがどうやら嫌がらせをしているのは隊の連中でも一部の人間だけのようで、リーダーらしい男は直接関わってはいないらしい。まぁ放っておいているのだから許可しているのだろうが、直接関わってない連中は多少はマシな頭をしてはいるのだろう。 ただ流石にその次の日は本人たちも荷物運びにうんざりしたのか、方法を変える事にしたようだった。 その日は珍しく、訓練ではなく一日使った外出の仕事だという事で、朝礼に集まった途端リーダー格の男が隊員に向かって言ってきた。 「今日はセル・エギオ村へ下見に行く事になった」 だから各自馬を連れて騎士団門に集合という事だったが……他の先輩連中についてやってきた厩舎で『お前の馬はあれだ』と指さされたのは、他の馬と離された馬房にいるガタイのいい馬だった。 「お前もガタイがいいから丁度いいだろ」 楽しそうに笑って言ってきたあたり、その馬は気性が荒いのだろう。他の馬を傍に置いてないところからして確定だ。セイネリアが近づいていけば威嚇するように首を振って前足を蹴りだそうと身構えている。つまり今回は、暴れ馬を押し付けるという嫌がらせという訳だ。 ――それでも、臆病過ぎる馬を押し付けられるはマシだな。 セイネリアは大股でゆっくりと指示された馬房に向けて歩いていく。そうして着くと、馬の正面に立ってじっと相手の目を見つめた。 ――なかなかいい面構えだ。 やがて馬の首振りが止まる、せわしなく動いていた足が止まってこちら見てくる。だが最初は睨んできた馬も、暫くすると視線を逸らすように下を向いて溜息のような息をついた。鼻孔が頻繁に動いて馬の緊張は伝わってくるが、こちらに対する攻撃的な意思はほぼ感じなくなった。 動物にはまず、どちらが上なのかを分からせてやればいい。 セイネリアはそこで手を伸ばす。馬は大人しくセイネリアの臭いを嗅いだ。そこから鼻先を撫でてやっても馬はじっとしていた。 「いい子だ、俺に従えばお前が嫌な事はさせない」 頬に触れれば馬が頭を下げて、だからセイネリアは今度はその首を撫でてやった。 --------------------------------------------- |