黒 の 主 〜騎士団の章・一〜 【1】 「首都騎士団本部所属、第三予備隊……か、いかにも暇そうな部隊名だな」 騎士団員としての初日、自分の配属先の隊長室上に書かれた札を読み直して改めてセイネリアは皮肉げに笑った。 首都の騎士団は大きく守備隊と予備隊に分けられる。守備隊は王や王城の警備を担当していていわゆる騎士団の中でもエリート部隊という事になっているのに対して、予備隊は名前の通りどこかで戦闘があった時のための予備部隊で平時はただの雑用係だ。守備隊に入るのは本人が希望して騎士団に入った上で審査を通った者だけであるから、騎士になった義務として3年間の騎士団勤めをするものはまず大抵は予備部隊所属となる。 そもそものところ騎士団、というのはクリュースという国自体の機関であり、王命で動く常備軍の事を指す。実際の戦争になればこれに傭兵や、予備騎士(騎士の称号を取っているが騎士団に所属していないもの)、派兵されるのは主に国防や国内領主間の諍いに王が介入する時などだ。 とはいえ、クリュースの大国としての地位が安定してからは長いことそこまで大規模な戦争は起こっていなかった。だから現状の騎士団の仕事といえば王城周りの警備と国境警備、そして内乱(領主間戦争や、一部地方の反乱)鎮圧が主なモノで、実際戦闘があるのは国境警備と内乱への派兵くらいである。それもかなり小規模なモノばかりでたまに蛮族達が大部隊を組んでくる時が一番戦闘としては大規模ではあるのだが、それでも多くてニ百といったところで大抵は五十以下の小規模な襲撃に納まる。 となれば実際のところ、騎士団というのはさほど忙しい訳ではない。 各町の警備は基本、領主や街の商人組合が雇った警備隊が受け持っているから、盗賊問題なども余程大きくなって手に負えないレベルにならないと騎士団へ話が回ってくることはなかった。一応魔物討伐も街の警備隊や領主の私兵でどうにもならなかった場合に回ってくることもあるが、なにせ騎士団への仕事の依頼は審査が通って実際の派兵までに時間がかかるため、どちらの場合も冒険者を雇った方が早くて騎士団が出ていくことはあまりないというのが実情だった。 だから国境の砦で常時蛮族に備えている連中は別として、首都の騎士団員というのは余程の事がなければ実際の戦闘に回される事はなかった。勿論王や王城周りの警備が仕事である守備隊は常に決まった仕事があるから規律正しく、騎士団という名に恥じない程度の体裁は整っているが、予備隊というのは基本訓練が仕事……といえばまだいいが、上司も下っ端もただ騎士団に所属しているだけの連中の集まりでしかなかった。 「失礼します。今日からこの隊に配属された、セイネリア・クロッセスです」 初っ端からイキナリ揉める気もないので一応は丁寧にそう言いながら部屋に入れば、入った途端にいかにも学者らしき恰好の男にえらい形相で睨まれた。しかも人差し指を口の前に立てているその動作はいわゆる『静かにしろ』という事なのだろう。 一応軍隊といえる場所で静かにしろというなら……恐らく。セイネリアの予想は当たっていて、こちらに歩いて来る学者風の男の後ろ、いかにもこの部屋の主の場所といった机の向うに椅子の上で居眠りをしている人物の姿が見えた。 ――まぁ、この程度は予想内だな。 予備隊というのは平時は雑用と訓練が仕事だ。そうしてその隊長である貴族騎士は、殆どがただ食っていくために騎士団に入ったという貴族の次男以降である。勿論やる気なぞまったくない、『本物の騎士』なんて言っても辛うじて剣を構えられる程度の無能ばかりに決まっている。ナスロウ卿やザラッツからある程度は聞いていたが、ここまであからさまにサボっていいとなればここの腐りぶりは相当だなと改めて実感する。 当然――隊長サマがこれなら、その下はそれ以上にやる気などある筈がない訳で。だから隊長室を追い出されて他の隊員達が訓練しているだろうところへ行っても、想像通りの風景が広がっていた。 「あんた達が第三予備隊、ってことでいいのか?」 だらだらと日陰で雑談やら寝転がっている集団にセイネリアは声を掛けた。一応指示された場所にいるのはこいつらだけだし間違いはない筈だった。 「あー……そういや今日から新人が入るんだっけ?」 「で、お前が新人か? こらまたえらくデカイ……」 顔を上げてセイネリアを見た男は、目が合った途端に固まって目を逸らした。 --------------------------------------------- |