黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【40】



 侍女のフリというのはいろいろ厳しいらしい、とスオートは思っていた。

「まだお眠いでしょうけれど、がんばってくださいね」
「うん……がんばるよ……」
「うん、がんばるっ」

 何故かやたらと元気なララネナにちょっと眉を寄せながらも、スオートは洗濯ものを持ってカリンと3人でに廊下を歩く。

「眠れましたか?」
「あー……うん、眠れたよ。なにせ野宿にくらべれば全然マシだし」
「それなら良かったです」

 幸い、と言っていいのか分からないが、ここにくるまでに野宿と田舎村の宿屋の部屋を経験した事もあって、こんな固いベッドじゃ眠れない――という事はなかった。食事が質素なのも我慢できたし、姉様が後でこっそりお菓子を貰ってきてくれたから空腹という事もない。ただちょっと……早起きが辛かっただけだ。

「こちらお使いしていいですか?」
「いーわよぉ。あら、もしかして貴女グローディから来た方のお世話係?」
「はい、今日から暫くの間よろしくお願いいたします」
「あら貴女がグローディからの、まぁまぁやっぱりあか抜けてるわぁ、とても美人ねーモテるんでしょ? 恋人はいる?」
「領都と言ってもこんな田舎で驚いたでしょう? おまけに領主の館なのにこんな旧式の水汲みってねぇ、酷いと思わない?」
「ほーんと、ここの領主様ケチだから。グローディ卿のお屋敷はこんなじゃないわよね?」

 洗濯場についてカリンが女中の一人に話しかければ、たちまち囲まれてあれこれ質問攻めに合う。流石に見習いでいかにも子供のこちらを取り囲んだりはしてこないものの、女性の壁は少々怖い。カリンはにこにこと笑いながらそれらに丁寧に返事を返しているのだから、なんかすごい、とスオートとしては思ってしまう。
 しかもカリンは喋りながらも手を止めず、さっさと洗濯を終えると未だにいろいろ話しかけてくる女中達に言った。

「それでは私は干してきますので、またいろいろ教えてくださいね」

 女中たちはそれで機嫌よくカリンに別れを告げる。うん、プロだ――スオートは感心した。カリンは美人で優しくて腕もよくて(あのナイフ投げの腕からして間違いない)、機転が利いて要領が良くて……とにかくやることなす事、難なくやってみせてくれてスオートはいつ感心、というか尊敬しているくらいだった。

「申し訳ありませんがこれをお持ちいただいていいですか?」
「うん」

 スオートは渡された洗濯済みの衣類の入った籠を持ち上げる。当然だが水分を吸った布はさっきよりも重い。けれどカリンは何ともない顔をして自分の倍は楽にある量を持っている。思ったよりも彼女は力持ちでもあるらしいが、女性があの量を持っているのに自分が弱音を吐ける訳がない。
 スオートは重い荷物を持って階段を登る。洗濯を干す場所は昔の見張り用の塔の上らしくて、見晴らしがいいそうだ。

「もう少しです」

 そう言ってカリンは笑いかけてくれるからスオートも最後の気合いを入れる。そうして先に空の下へ出たカリンを目指して駆け上がれば吹いてきた風に一度足を止め、それから広がる風景に目を奪われる。

「うわ……」

 この領主の館は街で一番高い位置にある。だから塔の上からは街が一望できるのは勿論、街が壁に囲まれていない事もあってその先に続く畑や果樹園、遠くの山までもがよく見えた。

「わー、綺麗っ」

 後ろから上がってきた妹がそう声を上げて、籠を置くと塔のへりへと走り出そうとする。

「いけません、危ないですからこちらへ」

 カリンに言われてララネナが足を止める。カリンはやさしく笑ってララネナに向かって手を広げた。

「綺麗な風景は私と一緒に見てくださいますか?」
「うんっ」

 ララネナもカリンが好きだから、回れ右をして走ってくる。
 それからカリンに飛びついて、一緒、一緒、とはしゃいだ声を上げた。カリンはそこで、ポケットから小さな菓子包みを出すとララネナに渡す。転がっていた石の上に座った妹はそこで早速食べだした。

「僕はもう少し向うへ行ってみて良い?」

 恐る恐る聞いてみれば、カリンはやっぱり笑って言ってくる。

「はい、ですが私の見えないところへはいかないでくださいね。後、古くて崩れやすくなっていますから、その辺りに寄りかかったり腕を乗せたりしないようにお気をつけください」
「うん、分かった」

 確かにそこかしこに崩れた石が転がったりしているから気を付けた方がいいだろう。それでも洗濯干しに使っているだけあって、大抵の石は隅のほうに寄せてあるから基本的には端の方にいかなければよさそうだ。
 そう思って歩きまわりながら景色を楽しんでいたスオートだったが、少し向うの崩れた壁の先に何か光るものが見えた気がしてそうっと近づいてみる。そして――。

「あ……ごめんなさい」

 小さくなって隠れようとしていた人影……少女の姿を見つけてスオードは反射的に後ろに下がった。そうすれば丸くなって小さくなっていたその人物はゆっくりと顔を上げてスオードと目が合う。

――わ、美人。

 いや、美人というより可愛いかな。スオートは頭の中で自分の感想に突っ込みを入れる。
 自分よりは年上だろうけどカリンより年下で、水色の大きい目がとても印象的な彼女は年齢益にはまだ少女と言っっていいのだろう。少し茶に近い金髪は柔らかいウェーブが掛かっていて、キラキラ光って見えたのは髪飾りだったらしい。カリンの整った美人というイメージとは違う、歳相応の可愛らしい美人かな――なんて咄嗟に頭がそっちにしかいかなくなったくらいその少女は綺麗な顔をしていて、思わずスオードはぼうっと暫くその顔に見惚れてしまった。




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