黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【11】



「おぉっ?」

 次にまた背後から男の声と大きな物音がしたが、その後ヴィッチェとこの隊商の人間の、せーの、という声が聞こえて……直後、重い打撃音と外へ何かが落ちる音がした。

「やったぜ」
「バーカ」

 はしゃいだ彼らの声からして、おそらくまた中に入ってこようとした者を撃退したのだろう。後ろは彼らに任せて問題なさそうだ。
 外での戦闘は続いている音がするが、聞こえる声からして盗賊側の分が悪そうだと分かる。少なくとも、こちらの仲間の悲鳴や怒鳴り声は聞こえない。

――クーア神官がこっちを見てる筈だし、危ない事になってたらセイネリアが来るだろう。

 この中にいては外の戦闘の様子は音でしか判断できないが、セイネリアと一緒にいるクーア神官が『見て』まずい状況になっていれば、セイネリアが来るなりなにかしらの手を打ってくれる筈だった。そちらは任せてエーリジャは出来る範囲の仕事をすればいい。

 そうして今度は自分のすぐ傍、布を隔てた向うで物音を聞いてエーリジャはまた矢を手に取る。布をめくれば御者台の上に手が現れたから、体を伸ばして持っていた矢をその手に突き刺した。悲鳴を上げて転がり落ちた男の後に続く者はいない。軽く下を覗いてみても男が一人手を押さえてのたうちまわっているだけで、周囲に他の敵は見当たらなかった。どうやら前から来た残りの連中は後ろの戦闘に参加したようだ。
 そんな中エーリジャは、盗賊の一人が上げたらしい声を聞いた。

「くそっ、これは罠だ、グローディの兵がいやがるっ」

 うん、予定通りかな――エーリジャは思って、さて盗賊さん達はどう出るだろうと考えた。
 普段からグローディ領の正規兵を盗賊達が意図して避けているなら、隠れた彼らが出てきた時点で連中は『罠だ』と思う筈だった。そこで連中がどんな行動をとるか、それも彼らの正体を探る手かがりとしては重要だった。

 続いて指笛の音が周囲に響いて、人々の走る足音が聞こえる。デルガの、待て、と叫ぶ声も聞こえるから、盗賊達は撤退したのだろうと思ってエーリジャは一応矢をすぐ撃てる状態で構えながら周囲を見渡した。

――やっぱり、撤退したか。

 もともと前面には敵はもう見えていなかったが、馬の傍を通り抜けて森へ入って行く者達の姿が見えたからそれは間違いないだろう。下に転がっていた男も起き上がって逃げて行ったが、一度その背に矢を向けたもののエーリジャは撃つのを止めた。
 セイネリアからは『逃げたら追うな』と言われている。今回は敵を捕まえたり殺すのは二の次で、彼らの行動を出来るだけよく見ておくことが重要だ。
 敵は一斉に、未練がましく何かをしようとすることもなく一目散に逃げて行く。
 こちら側も、当然調子に乗って追いかけて森に入って行くような者はいない。

「終わったみたいですよ」

 もう戦闘音もしなくなったから、御者をしていた男にそう声を掛けるとエーリジャはそのまま馬車の荷台を出て御者台から下に下りた。

「被害は?」
「ありません、全員無事です」

 すぐにこちらに来たデルガに聞けば、彼は笑顔で手を振ってこたえる。
 セイネリアの姿は見えないから、助けにくるまでもなく最初から敵の数的にたいしたことがなかったのだろう。
 見渡したところ、盗賊連中がまだ潜んでいる様子もなかった。これは完全に撤退してくれたと考えて良さそうだった。

 割とすんなり撤退していったかな――彼らの様子を思い出しながらエーリジャは考える。見たところ統率も取れてそうではあった、けが人もちゃんと連れていったようだ……となればこれはセイネリアの予想が当たってるかもしれない、とエーリジャは口に手を当てて苦笑する。本当に、よく頭の回る男だ。

 分かれて行動する直前、セイネリアはエーリジャに段取り確認の後、注意として付け足しで言って来たのだ。腕が良くて統率の取れた盗賊なら、冒険者が雇われて盗賊のふりをしている可能性もある、と。



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