黒 の 主 〜冒険の前の章〜 【21】 こちらを見た途端に眉を潜めて話し始める連中や、驚いて目を逸らす者達を見ながら、セイネリアは事務局の中に入っていく。 今回もセイネリアは事務局から呼ばれてきていた。 ただし今回はちゃんと呼ばれた理由が分かっている。上級冒険者としてセイネリアに仕事の依頼が来ているということだ。 前の時のように呼び出し受付で鍵板を貰って部屋に入る。そこにいたのは前回同様、魔法使いである役職持ちらしき人物で、今回は先に座ってこちらを待っていた。 「仕事の依頼という事だが」 聞けば、一見穏やかそうな笑みを浮かべたその人物は、そうです、と返してきて、こちらが座ったのを確認してからその先を続けた。 「貴方に名指しで仕事の依頼が入っています」 セイネリアはわずかに眉を寄せる。上級冒険者への仕事の依頼というのは、普通は仕事内容を見て事務局側で条件に合う人物をピックアップして依頼するものだと前回、この男から上級冒険者の説明として聞いていた。たまに名指しで依頼されることもあるとは言っていたが、それは大抵前に仕事を依頼した者をまた指名したい場合の話で上級冒険者になったばかりのセイネリアでは考えにくい――のではあるが、逆にそれなら依頼者はほぼ決まっていると言っても良いだろう。 「依頼者はグローディ卿です」 思った通りの名を告げられてセイネリアは口元を歪める。 「依頼内容は、盗賊の討伐とグローディ卿及びそのご家族様方の護衛。場合によっては他の仕事が発生する事があるかもしれないとのことです。勿論、仕事が増えた場合報酬の増額はあります。場合によっては特別報酬もあるそうです。受けてくださるなら仕事開始は出来るだけ早く、準備が出来次第となっています」 だがそこでセイネリアは考える。 依頼者は予想通りではあるが、依頼内容が盗賊の討伐となると少々おかしい。あのあたりにいた盗賊はかなり始末したし、脅しをかけてやったからある程度は盗賊たちの間でも話が広がってあの周辺は避けるようになった筈だった。なのに外部に討伐を依頼する程連中が増えているとは考えにくく、何か裏がありそうに思えた。 そこで局員は、セイネリアに契約書を渡してきた。セイネリアはそれに目を通して仕事内容を確認してから『人数』の項目で目を止める。 ――10人前後。出来るだけ多く揃えてもらいたい―― 「随分指定人数が多いな」 「はい、ですからそちらでメンバーを集め切れないのでしたら、紹介所で必要人数分の募集を掛ける事も出来ますがどうしますか?」 「いや――こちらで集める」 「分かりました、では、依頼は受けてくださるという事で良いでしょうか?」 「あぁ、受けると返答しておいてくれ」 そうして出されたペンを持って、セイネリアは契約書にサインをする。 「これで貴方との契約は成立しました。残りのメンバーと出発日が決まりましたら事務局あてに伝言を入れておいてください」 「あぁ、分かった」 「それでは、無事仕事が成功する事を祈っております」 それでセイネリアは部屋を出る。信じる神を持たない筈の魔法使いに『祈る』なんて言葉は皮肉だろうと思いながらも、頭は既に今回の仕事の内容と準備の方へ回っていた。 おそらく、盗賊討伐は表向き程度の話なのは確かだろう。 前回の盗賊つぶしをやった時の人数を考えれば、これだけの人数を指定してくる段階でそれだけでは済まない話なのは確定だ。護衛、というあたりからも察するにグローディ領周辺が相当キナくさい事になっていそうではある。仕事期間も『不明』となっていたから長期も見込んでいる――となれば最悪、どこぞの領地との戦闘に巻き込まれる可能性もあると考えても考えすぎではないだろう。 セイネリアは考える、これは形式としては依頼ではあるが、おそらく頭を下げてでも頼みたいほど切羽詰まった状況と見ていい。グローディ卿自身はワネル家のパーティの件でセイネリアと関わる事に躊躇するようになった筈だった。それなのにこちらを直で指定してきたからには、相当マズイ状況になっているとみるべきだろう。 ――ともかく、まずは出来るだけ早く声を掛けておくか。 10人くらいとなればそれなりに面倒ではある。それと――今回は間に合えば連れて行きたい人物がいた。最近買った情報でどうにか居場所が分かりそうだが、まだ会えてはいないし交渉もこれからだ。グローディ卿側が急いだほうがいい状況であるからこちらも急がないとならないだろう。 セイネリアがいつものメンバーと今回声を掛けた者達を呼び出して酒場で説明をしたのは、そこから4日後の話になる。 --------------------------------------------- |