黒 の 主 〜冒険の前の章〜





  【18】



「突っ立ってないでさっさとこい」

 あまりにも簡単に仲間がやられていくのを見て、さすがに襲撃者達も向かってくる足を止めた。人数で押し切るつもりも今では転がっている連中の方が立っている連中よりも多く、どれだけ馬鹿でもこれは勝てないと理解する頃だろう。
 そこで遠巻きに突っ立っている連中の一人が低い悲鳴を上げてその場にうずくまる。
 次にひゅっと風を裂く音が聞こえれば、また別の誰かの悲鳴が上がった。
 弓役を既に落としているエーリジャの仕業なのは言うまでもない。

「突っ立ってるだけだとただの標的になるぞ」

 セイネリアは明らかに馬鹿にしたように言って前に飛び出すと、弓を気にして盾で身を守ろうとしている男のその盾に槍を振り下ろした。木製の盾は耐える事なく飛び散って、男の頭が斧刃を受け止める。セイネリアが槍を払えば血しぶきが残った男達に降りかかって、死体はその中の誰かにぶつかった。
 連中の中のあちこちで悲鳴が上がる。
 飛び上がって逃げ出した男が一人出ると怯えは一瞬で周りの者に伝染し、ハリボテの気力など一瞬で吹き飛ばす。

「無理だっ、こいつは本当の化け物だっ」

 更にはそこで上がった誰かの声で、残った男達は一斉に戦いを放棄して逃走を始めた。転がったまま逃げられずに呻いているだけの仲間を無視して、犬に追われた羊のように一斉に逃げていく様は滑稽すぎて、レンファンは目隠しを外してその様を見ると思わず声を上げて笑ってしまった。

「ったく、結局何人いたんだ……」

 どうやら旗色が悪くなりだした辺りから隠れたまま出てくるのを止めていた連中もいたらしく、逃げる段階でまた人が増えていた。

「これだけの人数を集めたこと自体は褒めてやってもいい」

 その連中に狙われていた当人は、そんなことを気楽にいうのだから更に面白いが。
 それでセイネリアが歩きだして何かを拾ったから、レンファンはエルと一緒についていって彼の手元を覗き込んだ。

「もう使い物にならないな」

 それは彼の長剣らしく、刃があちこちへこんだり欠けたりしていたから、内心レンファンは彼のその言葉に同意した。

「さっさと槍呼べばよかっただろ、どーせ雑魚ばっかだったんだしよ」

 エルが嫌そうに言えば、何故かセイネリアは唇だけに笑みを浮かべて一呼吸置いた後、そうだな、と呟いた。

「おーい、もう終わりでいいよねー」

 そこでのんびりとした狩人の声が聞こえてきたから、その場にいた三人ともにそちらへ視線を向けた。

「終わったなら警備隊に連絡してきていいかな。これ放置しておくのもかわいそうだし、かといってこっちで運びたくないだろ?」
「あぁ、頼んでいいか?」
「了解、じゃ待っててくれるかな」

 それでまた走っていったエーリジャを暫く見送って、それからエルが背伸びをして声を上げた。

「ま、死人は仕方ねぇが助かりそうなやつは治してやっかね」
「……お前も大概人がいいな」
「そりゃお前みたく人が悪くはねぇからな。どーせ助かったって十分懲りてもうお前を襲おうなんて思わねぇだろ」
「復讐するくらいの気骨があるならそれはそれでいいがな」
「……そーゆーのを面白がるのはやめとけ」

 心底いやそうなエルの声に、セイネリアはまた喉を揺らす。

 そうして首を左右に振ってから長棒を背中に刺してエルが歩きだせば、セイネリアが彼に向けてまた声を掛けた。

「エル」
「お、なんだ? 礼なら俺ら三人に夕食奢るところで手を打つぜ」
「ならいつもの店でいいか? 今回は確かに助かった」

 そこでエルが振り向いたまま固まった。彼は大きく目を見開いてから、3呼吸分程の間の後に顔を顰めて声を出した。

「……マジかよ、お前がそんなに素直に礼とか……気味が悪ィ」

 セイネリアが笑う。その笑みがこの男らしくなく自嘲のように見えたのは間違いだろうか。レンファンの前を通り過ぎて黒い男は善人過ぎるアッテラ神官の元へ向かうと、その肩を叩いてから一緒に歩きだした。

「ちょっと遊び過ぎてたからな、お前達が来なかったら危なかったかもしれない」
「だーからお前は、いっくら自信があっても余裕かまし過ぎるんじゃねーって」
「雑魚過ぎたから槍を出すのも面白くなくてな」
「面白い面白くないの問題じゃねぇっ」

 エルは怒っているがセイネリアの口調は笑っている。それは前の仕事の時にもよく見た風景だが、セイネリアの声から受ける感じが少し違っている気がした。

「友がいるというのはいいものだな……」

 二人の背を眺めていたレンファンは、そう呟くと周囲を『見た』。どうやらエーリジャが警備隊を連れてくるまで人は通らなそうで、倒れたふりしてこちらの油断を狙っている者もいないようだった。
 それからまたふと二人を見れば、違う服装――立派な黒い全身甲冑を着込んだセイネリアと黒い僧衣を着たエル――で同じような言い合いをしている二人が『見え』て、レンファンは一度目を見開いた後……目を細めて微笑んだ。

「本当に、友とはいいものだな」



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