黒 の 主 〜冒険の前の章〜





  【12】



「確かに。……胸糞の悪い話に変りはないがな。ところでレンファン」
「なんだ?」
「ここまでの話からすると、あの地下室の干からびた死体の山を見る前に、あんたは魔女が人の命を吸って若さを保っているのを知っていたのか?」
「……あぁ」

 ならばあの刺青から命が吸える事も知っていたのかと聞こうとしたが、もしそれを聞いて知らなかった場合は面倒な事になる。セイネリアは何も言わずにベッドから下りた。
 目的の話が終われば長居する気はなかった。さっさと服を着ていれば、椅子に座ったままのレンファンがこちらを見つめながらつぶやくように聞いてきた。

「行くか?」
「あぁ、情報分の礼はそのうちにな」

 彼女は娼婦ではないから金で礼をする気はなかった。冒険者として彼女の得になるような情報か仕事で返すべきだろう。

「必要ない、お前との仕事でいろいろ吹っ切れた事があったからな、こちらも礼をしたい気分だった。それと……お前には別に話があったからな」

 セイネリアはそこで一度手を止めて彼女を見た。

「話?」
「あぁ。……本当は言わない方がいい話なのかもしれない。だが、こうしてお前と会う機会があったという事は言っておくべきなのだろう」

 随分と回りくどい言い方だが、それで分かる事はあまりよくない話だという事だ。

「お前の……未来が……見えたんだ」

 セイネリアは琥珀の瞳を細めて口元を歪ませる。

「どんな未来だ?」

 聞き返せば、クーアの女神官は神官のお告げらしく、声から感情を消して答えた。

「お前は力を手に入れられる。けれど、望みは叶えられない。自分の運命を憎むことになるだろう」

 セイネリアはそれに何も返さなかった。だまって彼女を見つめていれば、レンファンの顔がくしゃりと歪んで悲しそうにこちらを見てくる。

「……勿論、近い未来の話ではない、ずっと先の話だろう。だから当たる可能性は低いし、漠然としたこの手の予知は特に当たるものではない。そもそもそんなの、見えてもわざわざ言うべきではない話だったな、やはり……すまない」

 言ってからフォローなのか自分の予知を否定するような発言をする彼女がおかしくて、セイネリアは彼女に笑って見せる。

「そうだな。占いや予言というのは、いいものだけを信じる主義だ。あんたが気にする話じゃない。まぁ、俺みたいな生き方をすればそんな結末になる可能性はあるに決まってる。その状態になる前に死んでる可能性の方が高そうだがな」

 口調は出来るだけ冗談めかして、笑い飛ばすように。
 なにせ、今更だ。
 自分のような生き方の人間にロクな未来はない……それはある意味当然の事だろう。セイネリアの目的――生きている意味と実感――そんな漠然としたモノを得る事なんて雲をつかむような話で、叶う可能性は低いに違いない。なにせ自分でソレが何かわからないのだから暗闇をただ走っているようなものだ。
 だがそれでも可能性があるなら足掻く、足掻くだけの力があるうちは諦めない――それだけの事で、もし何も得るものがなくのたれ時ぬのならそれもまた自分らしいと思っている。
 そう、今更だ。そんなモノを恐れていたら何もできないし、今ある自分と自分の生き方を全て否定する事になる。






 前の仕事が終わって別れを告げたあの男の背を見て、レンファンが『見て』しまったのはある一つの場面だった。
 周囲に死体を積み重ね、恐怖におののく者達が回りを取り囲む中、狂気と憎しみを込めて笑う黒い甲冑の男。それが絶望故の笑い声だと直感的に分かったレンファンは、それを本人に伝えるべきかずっと悩んでいた。だから代わりに、ケサランに尋ねてみたのだが……。

「あぁそうとも、私に見える未来は確定されたものではない」

 呟くと、セイネリアが去って割合すぐ、レンファンもまた服を着て装備を整えた。
 未来というのはちょっとした選択の違いで簡単に変わる。今『見えて』いるものなど、少し先にいけばまったく違う場面になるなんてよくある事だ。だから結局、見えたものが何であれ、今は自分の出来る最善を尽くすしかない。出来る事を最大限やるとそれさえぶれなければ、後で自分の行動に後悔する事はない。

 レンファンは自分の少し先の未来を『見る』。
 今外に出ていけば、きっと偶然、自分はエルとエーリジャに出くわす。
 そうしたら――。

 レンファンは楽しそうに笑うと、あの男の置いていった魔槍に触れた。
 わざわざ持って歩くよりここに置いておけばいいと言ったのは、これがすぐ呼ばれる事が彼女には見えていたからだ。

「少なくとも、あの男に貸しを作っておいて損はないからな」

 剣を腰に差して目隠しを手に取ると、彼女は部屋を出て行った。



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