黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【143】



 グローディから帰って3日経った日の朝、セイネリアは南門を出た森の近くで待っていた。
 場所は詳しく待ち合わせた訳ではないが、向うは『見える』のだから問題ないだろう。
 だからそこまで長く待つことなく、待ち合わせた人間はやってきた。

「やぁ、呼び出して悪かったかな」
「いや、あんたに会わずに終わったら後味が悪いからな」
「うん、俺もそうだったからね、帰る前に君に会いたかった」

 赤毛の狩人は、相変わらず歳に似合わず無邪気な笑顔でこちらに近づいてきた。その後ろにはエデンスがいた。伝言で彼もエーリジャについていくとは聞いていたが、その理由は不明だ。
 エデンスも勿論ザラッツから部下にならないかと声を掛けられてはいたが、それは断るだろうと思っていたから一緒に首都へ帰ってくるまでは予想通りだった。だがエーリジャについて彼の村へ行くというのは意外過ぎる話だ。

「ところで、どういう経緯であんたがついてく事になったんだ?」

 だから聞いてみれば、仕事探しなら何の不自由もないだろうクーア神官はちょっと顔を顰めて近づいてきた。

「半分はただの気まぐれだが、半分はお前さんのせいだな」
「俺のせいだと?」

 セイネリアが眉を寄せれば、エデンスは歯をにっと見せてわざと嫌味そうに言ってくる。

「そうだ、折角お前との仕事が面白かったからパーティに入れてもらおうかと思ったらパーティ解散なんてしてくれるからだ」
「そうか、それは惜しい事をしたな」
「そうだぞ、パーティに転送使えるクーア神官がいるなんていったらいい仕事がいくらでも入ったろうによ」
「まったくな」

 セイネリアが笑って返せば、わざと顔を顰めていたクーア神官も笑った。

「……まぁ、かといって普通に冒険者として他の奴らと仕事をするつもりもなかったし、どこぞのお偉いさんに雇われるのはもう嫌だしな。折角お前のおかげで自由にもなって、当分困らないくらいの金も入った。暫くのんびりするかと思っていたところで、この狩人に誘われた訳だ」
「うん、これからどうすっかーって言ってたからね、ならウチにきたらご馳走するよって誘ってみたんだ。おかげで俺もすぐ帰れそうだし」
「お、やっぱそっちが目的か」
「あはは、でもちゃんとご馳走するよ、それにのんびりするにはいいところってのは本当だしね」
「分かってるよ、暫くギスギスした生活送ってたからちょっとのんびりしたかったところだしな」

 どうやら今回の仕事で二人は随分と仲良くなっていたらしい。考えればエーリジャにとっては自分やエルより歳が近い分話しやすいところがあったのだろう。エーリジャの底抜けの人の良さからして、エデンスも信用出来る人間だと心を許したのは想像に難くない。

「……まぁ、復帰したら一応声掛けてみてくれ。気が向いたら付き合ってやるよ」
「あぁ、頼む」

 それでエデンスは一歩引いて、自然とエーリジャとむき合うことになる。
 彼は困ったように頭を掻いて、視線をさ迷わせた。

「えーと……どうしようかな」

 だからセイネリアから聞いてみた。

「あんたは、冒険者を辞めるのか?」

 そうすればエーリジャはこちらを向いて、穏やかな声で答えた。

「うん、そうだね。実は、パーティ解散がなくてもそうするつもりだったんだ」
「あぁ、だろうと思ってた」
「はは、やっぱり君はすごいね。いつでも人の行動の先を読んでる」

 エーリジャは笑う、いつも通りのくしゃっとした子供のような笑みで。

「君にはとても感謝してるよ。出会いからこっちの頼みをきいてもらった訳だし、その後の仕事で冒険者を辞めてもいいくらい稼がせてもらったからね。それに……楽しかった。新しい事をたくさん見れたし体験出来た、君の考える事はすごすぎて感心しっぱなしだった、今までやってた冒険者生活全部を足しても適わないくらい有意義な時間だった……けれど」
「あんたにはきつかったんだろ」

 セイネリアが途切れかけた彼の言葉に続ければ、彼はまた照れたように笑って頭を掻いた。

「きつかったというか、このまま一緒にいるのは無理だと思っただけかな。君の考えは正しい……助からない者を無理に助けようとせず諦めるのは責められないし、ならばとそれを最大限利用したって誰かに被害がある訳でもない。犠牲なく解決するのが無理なら犠牲は犠牲と割り切って殺し、全体的な犠牲者が最小限に抑えられるように考えるのも正しい……のかもしれない。どちらにとっても有益なら利用しても悪くない……けれど、俺にはどうしても割り切れない。君が正しいと分かっていても君を称賛する気にはなれなかった」

 それは分かっていた。ロスハンを襲った蛮族達が殺されるのを最初から予想して蛮族達を利用するように動いていたのも、両領地間の全面戦争を起こさないで終わらせるためとはいえザウラ側の人間を多く殺したのも……そして、丸く収めるために全部の罪をジェレ・サグに負わせたのも、おそらくエーリジャにとっては心にわだかまりが残るだろうと分かっていた。

「あぁ、分かってる。あんたは優し過ぎるからな」

 結局、彼は自分と組むには優しすぎた。セイネリアには最初から彼とはどこかで別れる日がくるだろうと分かっていた。彼と自分は根本で合わないと思っていた。
 それでも彼はセイネリアに笑いかける。セイネリアが羨むくらい、満ちた者だけが浮かべるような満面の笑みで言ってくる。

「だから俺が君に付き合えるのはここまでだ。もし俺がもっと若くて守る者がなかったら君についていけたのかもしれないけれど、俺にはなにより大切なものがあるからね」
「それでいい、俺もあんたを批判する気はない」
「いや……君はこれからもっと大きな事をする人間になるだろう、それに俺はついていけない。途中で下りる俺を、君は臆病者と笑ってくれても構わないよ」

 それは冗談めかして、ははっと笑いながら彼は照れ笑いをする。
 けれどセイネリアは笑みなく彼を見て言った。

「まさか。心からの笑みを浮かべられるあんたを、心から笑えない俺が笑える筈がない」

 エーリジャが笑みを消して目を開く。それからまるで泣きそうに顔を顰めた後に無理矢理笑みを浮かべてこちらを見てくる。……本当に、この狩人は優しすぎた。

「やっぱり君は寂しい人間だね。……けれどいつか、君の心を満たすものが見つかる事を祈っているよ」
「あぁ、ありがとう。あんたと組めて感謝してる」
「こちらこそ、ありがとう。君と組めた事を感謝してる。……これからは遠くから、君の噂を聞くのを楽しみにしてるね」

 セイネリアは表情を変えなかったが、優しすぎる狩人は涙を浮かべてセイネリアの肩を数度叩くと言ってくる。

「元気で」
「あぁ、元気で」

 最後の言葉はそれだけで、彼は離れていく。
 エデンスの傍にいくと彼と一緒にこちらを向いて手を上げ、セイネリアもそれに手を上げて返した。
 その後すぐ、二人の姿は消えた。

 セイネリアはこの二十日後、騎士試験を受けて騎士となった――。




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