黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【141】



「それも忘れないでおくよ、ありがとう」

 少年の瞳は強い。既に自分の地位に覚悟を決めているもののそれだ。
 それからスオートはカリンと共に笑って去っていく。その姿が見えなくなってから、エルはセイネリアの横に行って聞いてみた。

「あの子に強くなる為にちょっと朝稽古をつけてやる……とかはやらないのか?」
「別に俺が教えなくてもきちんとした教師役がつくだろ。それに既に自分の立場を分かって覚悟ができているからボネリオのような荒療治も必要ない」
「成程ねぇ……」

 確かに、ボネリオと違ってスオートは最初から領主になるものとして育てられていたのもあるが、父を失って自分の立場を自覚している分、内面はあの時のボネリオよりずっと大人だ。

 どうみても子供が苦手そうに見えるのに、ちゃんと子供個人にあった対処をしてやるあたりがこの男のすごいところではある。厳しくて大半は逃げ出すだろうが、剣の先生的な仕事とかも出来るんじゃないかと思ったりする。
 だが、そんな事を考えながらのんびり背伸びをしていたエルは、次の瞬間その体勢のまま凍り付く事になった。

「エル、首都に戻って今回の仕事の報告が終わったら、このパーティを解散するぞ」

 セイネリアはそれをあまりにもなんでもない事のように言った。まるでちょっとこの一杯を飲んだら酒場を出るぞというくらいに。
 エルは驚いて、暫く黙ってから遅れて彼の顔を見ると同時に声を上げた。

「……はぁ? 何言ってんだ?」

 セイネリアはやはり平静極まりない顔でこちらを見ていた。ただ、次に彼が言った言葉でエルはほっと肩の力が抜ける事になる。

「師匠のジジイの遺言だし、そろそろ騎士になってこようと思ってな。試験に合格出来たら暫く騎士団に入る。当分仕事は出来ない」
「……あぁ、そーゆー事かよ。そんなら仕方ねーけどよ、でも別に解散まではしなくていいんじゃねーか? このままの方が何かしら連絡つけるのに便利だろーし」

 彼が騎士になれるならなった方がいいとはエルだって思っていたし、そういう理由なら文句はない。ただ別にパーティを解散まではする必要はない筈だった。パーティ登録は1つしか出来ない訳ではなく複数登録できる。大抵の冒険者は複数のパーティに登録しておいて、仕事を見つけたらパーティ内に声を掛けて行ける者だけで行く。
 固定パーティを組んでいる場合は、そちらを最優先にしているだけの話だ。

「騎士団にいる間はどうせ連絡する事もない、それに登録を解除しても連絡は取れるだろ。組まないと分かってる間まで人を縛っておくのは主義じゃない」
「縛っておくなんて言い方は……なんかすげぇ自信家のお前らしいな」
「だろ? いない間まで、俺が帰ってきた時にすぐ組めるようになんてお前が他の固定パーティに入らないようにしていたら面倒だからな」
「……あぁ、本当にお前は自信家だよな」

 ただ悔しい事にきっと彼の予想通り、彼が帰るのを待つつもりで自分が他の固定パーティを断るだろう事は予想出来た。なにせきっと……彼以上に『面白くて凄い』事をやってくれる人間はいないだろうから。

「だから、お前はお前で好きにやれ。騎士団を辞めたら連絡はするが、その時に新しい連中とやってたら別に応えなくてもいいぞ」

 一時的とはいえ、こんだけ一緒にやってたのにそんなサバサバした別れ方はちょっと薄情じゃねぇかとエルとしては思うのだが、それもまたこの男らしいのだろう。自分が縛られたくないから他人を縛らない――『仲間』としてはなんとも寂しいが、こちらが待っているというのもこの男にとっては嫌なことなのだろう。

「わーったよ。でもオツトメが終わったらちゃんと連絡よこせよ」
「あぁ、分かってるさ」

 この男は嘘はつかない、とは分かっているからそれは守るだろうが、ついでにエルはもう一言付け足しておく事にした。

「ンで騎士団行ったらせいぜい向うでも顔売ってきてくれよな。俺には騎士になりたいっていってる弟がいっからさ、いざとなったらお前のコネに頼ろうと思ってんだぜ」

 こう言っておけばこの男は律儀にそれを覚えていて、もし騎士団勤めを延長しても従者のアテを探して連絡してくれるだろうとエルは思ったのだ。

「あぁそういえば弟がいる話は前に聞いたな。……ただ従者のアテなら今でもどうにか出来ると思うぞ」

 流石にここで『俺の許可証をやる』とは言わないだろうとは思ったが、確かに現時点でも彼は貴族の騎士……例えばザラッツとかに話を付けてくれそうではある。

「いや、まだいーよ。兄ちゃんには頼りたくねぇって今は言われてっからさ。だから、それでも無理であいつが泣きついてきたらって事でな。あいつ自身が納得出来るとこまでは好きにやらせてやりたいんだよ」

 まさか連絡をさせる保険の一つとして言ったなんて言えないし、実際弟がこちらに頼りたくないと言っているのは本当だからそう返せば、こちらの意図をどこまで分かっているのか、セイネリアはすんなり笑って答えた。

「……そうか、分かった」

 彼の場合、何を言っても見透かされているような気がするが、ここは見透かされても別に構わない。その程度の下心くらいは苦笑で終わらす男だ。
 エルは大きく背伸びをした。そろそろ朝食の時間になるから中に行った方がいいだろう。だが歩き出そうとして、ふと思い出してまた彼を振り返った。

「あぁ、そういや解散の事、カリンとかエーリジャにはもう言ったのか?」
「カリンはパーティに関係なく俺のものだからな、特に変わる事はない」

 うわー……とそれにはちょっと引いたが、まぁこいつはそういう男だとエルは納得する。

「それにエーリジャは……どちらにしろ今回までだろう」
「どういう事だ?」

 そうすれば彼は含みがありそうな笑みを浮かべて、どこか遠くに視線を外した。




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