黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【126】



 ザウラ領内の各街、そしてクリュース首都セニエティで、ザウラ卿からグローディにあてた公式文書が公表された。
 基本的にはジェレが言った通りの内容を謝罪文に直しただけのモノで、それに主(あるじ)として部下の不祥事は自分の責任でもあると付け足したような内容だ。
 キオ砦はただちに戦闘を止め、蛮族達も身代金の確約とジェレ・サグの身柄を確保したことで約束通り引き上げる事になった。……反対意見がまったくなかったとは言わないが『これ以上戦いたい奴は俺と戦うことになる』とセイネリアが脅せばそれらも大人しくなった。各部族のリーダーをしている者達は今回に関しては全面的にセイネリアに従うという姿勢であるから文句を言う事はなく、別れの宴で機嫌よく勝利を祝ってセイネリアに感謝を伝えてきた。わざわざ騒ぎに入りたくなくて、輪とは離れたところで飲んでいたというのにだ。

「……まったく、貴様は訳が分からん。何故俺をここに置いてる。普通拘束しておくだろう」

 隣でそう男が呟けば、少し離れて座っていたエーリジャが、俺もそう思う、と言って来た。だからセイネリアは口をつけていた杯を置いて、その男の方を見た。

「逃げる可能性がない奴を拘束する必要はないだろ。それにあんたを拘束して見張りをつけたら見張りが飲めなくて気の毒だ」
「は、気の毒なんて、貴様には合わない言葉過ぎる」

 そう吐き捨てつつも酒を呷ったのはジェレ・サグだ。

「まったくね、本気で言っているのか疑問なくらい君には合わない言葉だね」

 それにもやはりエーリジャが茶化してくる。彼は酒を飲み過ぎないように見張るのもあって向うの輪には入るなといったからここにいる。こうして茶化してくるのはそれに対する鬱憤晴らしのつもりもあるのだろう。

「そうだな、別にどうでもいいが、見張る必要のない人間に見張りをつけるのは無駄だろ」

 そう返せばエーリジャは肩を竦める。彼だってジェレ・サグが絶対に逃げない事を分かっている。ジェレ・サグ本人なら一番分かっているから文句がある筈もない。

 実際、普通なら彼は罪人として捕まっているから確かに縛って転がしておくところなのだろうが、セイネリアが見張ると言えば蛮族達も彼の宴会参加を認めた。ただヨヨ・ミは自分も見張るといって例の黒の部族の男と共にセイネリアの傍にいるから、飲む空気としてはここだけなかなかにギスギスしている。最初はエーリジャが場を和ませようとしたがそれも空振りに終わったのもあって、彼がやけにつっかかってくるのはそれもあるのかもしれない。
 ついでにいえば、セイネリアのところにくる者が皆、ジェレに厳しい目を向けていくからその度に更に空気が悪くなるという状態でもあった。

――別にここで美味い酒を飲む気もないからいいがな。

 ギスギスしてヘタに会話がないほうが、傍で馬鹿騒ぎされるよりはセイネリアにとってはマシでもあった。

「それにあんたが傍にいると蛮族の奴らが俺に近寄って来にくくもなるだろ。俺は静かに酒が飲みたいんだ」

 言えばジェレ・サグは苦笑して軽く息をついた。

「これだけいたら静かも何もないだろうが。……しかし、本当におもしろい男だな。敵であるスローデン様が罪に問われなくて済む方法なんていうのを本当に考えてくれるんだからな」
「貴族のボンボンらしい馬鹿じゃなかったから、殺して終わりじゃ勿体ないだろ」
「……普通そういう発想にならないだろ」
「馬鹿ばかりの世の中より、出来る連中が多い方が面白い」
「どこまで本気なのか……」

 ジェレ・サグは苦笑したままそこで黙る。さすがにそこではエーリジャも茶化してこなかった。それからジェレ・サグは黙って顔を上げて……遠い輪の方で歌って騒ぐかつての仲間達を見つめた。
 その横顔をちらと見てから、セイネリアは口を開いた。

「昔、エンシェルの民の黒の部族にナク・クロッセスという男がいた。父親がその部族で一番になれとつけた名だそうだ。そして実際、男は部族で一番の戦士となった。だが男はそれで満足出来ずにクリュースへ行って冒険者となった」

 セイネリアが話し出せばジェレがこちらを向く。それだけでなく、隣でセイネリアに酒を運んできていた黒の部族の男もこちらを凝視してきた。ヨヨ・ミは言葉が分からないながらも空気を察してこちらを睨んでくる、エーリジャも笑みなくこちらを見ていた。

「男は冒険者としてそれなりの評価は得たが、強さの印が欲しくて騎士になろうとし……そうしてとある貴族騎士に従者にして欲しいと頼み込みに行った」

 ジェレも黒の部族の男も真剣な目でこちらを見ている。どちらにも思い当る話があるだろうから当然か。セイネリアは彼らの顔を見ずにただ淡々と、かつて師であった男の話を続けた。




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