黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【115】



 塀沿いに広がっていた蛮族達は一斉に何かを塀の向うへ投げた。実際はただの穴があいた砂袋だが、塀上をじっと見ていた槍兵達にはたまったものではなかったろう。それから次々と蛮族達は塀に上がっていく。

「予定通りだ、大半の連中砂かぶって慌ててるぞ」

 蛮族達は順調に塀を越えているように見えるが、それでも設置魔法に引っかかった者もいたらしく火柱が上がるのも見えた。塀を下りてすぐ下にはそういうのがあるから出来るだけ塀の真下ではなく塀から離れたところへ降りろと言ってあったが、多少はひっかかる者が出るのは仕方ない。

「どれくらい中に入れた?」
「ほぼ全員に近い。運良く砂かぶらなかった連中もいたから、そこから入った3,4人がやられた……が、すぐに中に入った奴が向うの兵をぶっ殺して後続連中はすんなり入れてる。設置魔法にやられたのは5人かな、ただまともにくらって黒焦げになったのはいない。大抵は逃げられてる」

 たった数人でも一度中に入ってしまえばこちらのものだ。入った者が周囲の兵士を蹴散らして後続はすんなり入れるようになる。蛮族は頭を使った作戦など使わない――クリュースの人間ならそう思っているだろうから少なくとも最初はかなり混乱する筈だった。

「急いで他の連中も向かったぞ」
「押されそうな様子はあるか?」
「いや、今のところは大丈夫だ。慌てた連中があっさり蛮族達にやられてる」

 向うの兵士の大半は実戦経験の乏しい下っ端騎士団員と村の警備兵だろうが、今回は急いでかき集めた傭兵や冒険者も混じっている筈だった。ある程度実践慣れして落ち着いて対処できる者がいれば、蛮族側に犠牲が出ることも考えられた。

「そろそろか。こっちはかなり手薄になってそうか?」
「そうだな、かなりの数が向うに行った」

 そこでセイネリアはまた黒の部族の男を見てを手を上げる。それと同時に自らも立ち上がる。そうすれば一斉に後ろに控えていた連中も立ち上がった。

「エデンス、こっちの塀にはどれくらいいる?」
「殆どいない。まばらに全部で4、5人ってとこだ」

 やはり向う側にかなりの兵が行ってしまっただけあって、こちらにはあまり兵が残っていない。

「ならいい」

 セイネリアが動き出す。それに合わせて後行部隊の連中も次々と森を出て行く。先行部隊はひたすら相手を混乱させて敵を出来るだけひきつけるのが仕事だが、こちらは最終的に建物内にいる連中を引きずり出して馬鹿を捕まえるのが目的だった。

 先行部隊よりもこちらがいた森の方が僅かに塀まで近い。それに向うは入ってきた敵の対応に一杯一杯でこちらにまで気にしている余裕も殆どない筈だった。だからこちらの部隊も盾は背負っているもののまずはとにかくただ走る。弓が飛んでくるまではこのまま走って、出来るだけ急いで塀に向かう。
 幸い中の連中は先行部隊の対応に気が行っていてこちらに気づかない。矢は飛んでこなかった。

 塀についてまず、セイネリアはそこらにあった石を拾って塀へとぶつけた。
 ドガッと鈍い音が鳴る。その後に向う側でカチャカチャと金属装備が鳴らす音が聞こえてくる。おそらくは音を聞きつけてここを守っている連中が集まってきたのだろう。
 セイネリアが回りの蛮族達に合図をする、そこでやはり塀沿いに並んでいた蛮族達が一斉に塀へと飛び上がった。そこから一呼吸の間を置いて、セイネリアも石をぶつけた丁度上の辺りの塀へと飛び乗った。

「え? うわ、こっちも……」

 蛮族達の姿が見えたところで驚いた分、セイネリアのいる塀の前に集まっていた兵士達がこちらへ気付いて攻撃してくるのが一瞬遅れた。セイネリアの姿をみて慌てて槍を突き出してきたものの、それを剣で払ってそのまま塀から飛び降りた。
 とにかく、塀を越えてさえしまえばこちらものだ。

「オー、オー、オー」

 塀を下りた蛮族達は声を上げて走り出す。どうやらこちらの部隊で設置魔法にひっかかった者はいないようだ。
 下りた低い姿勢のまま、セイネリアは足を伸ばして目の前の兵士の足を蹴り払った。二人が倒れて一人は逃げた。背後から下りてきた黒の部族の男が倒れた兵士に向かうのを見て、セイネリアは立ち上がる勢いをつけて地面を蹴り、逃げた一人に向かう。
 まさかそんなに早く来ると思わなかった兵士は、振り向いて悲鳴を上げた。その時に一瞬、足が止まったところでそのままセイネリアの剣で首を斬られる。
 倒れた音を後ろに聞いて、セイネリアはすぐに蛮族達と同じく騎士団の建物に向かって走り出した。
 悲鳴と怒号が上がる。
 鐘が鳴らされる。
 あちこちでリパの光石による光が起こるが、これは騎士団側の誰かが使ったものだろう。ただ蛮族達にはクリュース語の『目を瞑れ』か『目を閉じろ』という声が聞こえたら目を閉じろと言ってあるから、目つぶしとしてはそこまで利かない筈だった。

 かなりの兵士が先に突っ込んだ連中の方へ向かったのもあってこの周辺の兵の数は多くない。向うから戻って来る者もいるが、戦闘を放棄して村の方面へ逃げている者も見える。

 とはいえ、それですんなり建物へ行ける程甘くはなかった。




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