黒 の 主 〜冒険者の章・八〜 【110】 蛮族達の話し合いは想像通りだが長引いたらしく、セイネリアとエーリジャは呼ばれるまでに相当に待つことになった。やっと呼ばれていつもの建物の方へ入れば、今回ザウラに連れていった者達は勿論、部族の代表だろう連中とラギ族の長らしき人間が揃っていて、勿論長の傍には例の老人も座っていた。 ざっと見たところ、ザウラから帰った連中以外では各部族から代表者が1人か2人参加しているようだった。全部で8部族はいるから、この中で半分でも乗ってくれれば戦力としては十分だろう。 「まずお前の本音、確認したい」 部屋の中心にいたラギ族の長らしき人間はクリュース公用語が使えるようで、直接セイネリアに聞いてきた。 「既に言ってある通り、今回あんた達の敵であるザウラはこちらにとっても敵だ。だからあんた達が勝てるようにこちらは協力する」 「そのために、従え、というのは?」 「いつものようにただ攻めても簡単には勝てないのは分かってるだろ。向うに少しのダメージを与えるためにあんた達に多くの犠牲者が出るようじゃ復讐にはならない。だが俺の言う通りにすればあんた達の犠牲は少なく済んで、向うに大きなダメージを与えられる」 そこで長の傍にいた人間……ヨヨ・ミや例の黒の部族の人間が長に何かを伝えた。長は考えて、それからまた聞いてくる。 「従わなかった者はどうする? 部族によってはお前の指示に従うのは嫌だと言っているところある」 「別に、勝手にやりたいならそいつらはそいつらで動いてもいい。そのかわり死にそうになっても助けない、こちらの協力を断ったのだからこちらが助ける理由はない、自分達の身は自分で守れ」 セイネリアの言葉はすぐ翻訳役が各部族の言葉に直す。だからざわめきが広がるのには時間差が生まれる。 「俺は別にあんたたちの味方になる訳ではない。今回に限り、あんた達が勝つのがこちらにとって都合がいいから勝たせたいだけだ。あんた達は復讐のためにこちらの思惑を利用すればいい」 その言葉に起こるざわめきは、声の調子からすれば肯定的なものが多い。 「つまり、お前たちは我々を、我々はお前たちを利用するということか」 「そうだ」 それには賛同らしき威勢のよい声が上がる。 「……最後に一つ、お前はどこまで協力する気だ? 急に敵に回る事はないか?」 それを聞いてくるというのは思ったよりも頭がいい、とセイネリアは内心少し蛮族達を見直した。 「状況をみないとどこまでとは今は言えない。だがこれ以上協力出来ないところへ来たらここまでだと言う。そこであんた達が大人しく退くなら撤退まで協力する。退かずにそのまま攻めるというならその時点で協力関係は破棄だ。以後はこちらも、あんた達も勝手にやるだけだな。そこから敵に回る事はあるかもしれないが、少なくとも協力するふりをしたまま騙してあんた達を討とうとはしない、これは誓う」 誓い、というのは彼らにとっては神聖なものだ。誓いを破ったらそれは即、死を意味する。 他の連中が注目する中、長はそこでセイネリアとエーリジャに再び先ほどの建物に戻るように告げた。セイネリア達はそれに従ってその場を後にしたが……建物を出て間もなく、背後から鬨の声のように勇ましい、賛同の声が上がるのを聞いた。 ザウラ卿スローデンは苛立っていた。 なにせ未だに逃げたディエナやザラッツの居所が分からない。 クバン内で捕まえられることはそこまで期待していなかったが、それにしても逃げたら逃げたでさっさとそれを宣言しない意味がない。キオ砦前にいるグローディ軍に何の動きもないところを見るとまだグローディにまで戻ってはいないと考えられるが、ディエナとザラッツが無事ザウラ卿の手から逃げたと知らせられればグローディ側は相当に動き易くなる、まず真っ先に知らせるべきことで知らせない手はない。 ――いや、知らせてはいるが知らないふりをしているのか。だがそれをする意味は何だ? 逃げたという情報を公表して不利になるものはない、ならば隠れているのが精いっぱいで身動きがとれない状態か、事故があって無事という状況ではないのか……。 蛮族と協力していたというなら揉めて殺された可能性もある。向う側に不測の事態が起こったのならそれを利用出来るのだが。 いろいろなパターンを考えてそれに合わせてどうするかは考えてあるが、現状ディエナ達の居場所や状況を知らせる情報は何一つ、手掛かりになりそうなものさえまったく入ってきていなかった。 ザウラ領内から出るのに時間がかかっているとしても掛かり過ぎている――そうして考えて考えて考える事しか出来なくて日々苛立ちを募らせているスローデンのもとへ、待っていたものとは違う、別の方向から急ぎの知らせが入ってきた。 「スローデン様、北のワーゼン砦に蛮族の部隊が出現したそうです」 --------------------------------------------- |