黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【108】



「ごくろーさん、終わったぞ」

 光石の矢を撃っていたエーリジャは、エデンスのその声で撃つのを止めた。彼を見れば、同じく矢を撃つ役目だったラギ族のザッカが嬉しそうに手を振っていた。だからそれだけで、今回の作戦は無事成功したのだろうというのは分かる。

「どうだった?」

 ……ただそれでも聞かずにはいられないが。

「全員無事生還。勿論お嬢さん達一行も3人とも無事だ。騎士様がちょっと怪我はしたがね」
「セイネリアは?」
「勿論無事だ、血塗れなんで陽動組みは全員体洗ってるとこだ」

 エーリジャは苦笑する。安堵もあるが、何か心の底に溜まるものもある。素直に喜べないこの重さは……人が死に過ぎたせいだろうか。

「そうか、結局またセイネリアの思う通りになった訳だね」
「そうだな、多少の変更はあったが、結果オーライだな」
「変更があったんだ? ……あぁ、少し遅れたっけ」

 一度光石の矢を止めてから二回目の光石の矢を撃つ時、つまりレンファン達が屋敷を出てからエデンスがディエナ達を連れてくるまでが予定よりも確かに時間がかかった。

「そ、遅れて壁の外へ出たら、陽動組の連中もさっさと引き上げてきたとこでな。しかも見直したらあの騎士さんが一人残って足止めしてるしで……急遽石落としは中止してお迎えに行かなきゃならなくなった」
「それはごくろうさま、かな」
「あぁ、あとで黒いのに言って分け前増やしてもらうかな」
「そうだね、実際増やしてくれると思うよ、彼はそういうところは気前がいい」
「へぇ、そりゃまた本当に大物だな」

――まったくね。

 エデンスに笑って返しながらもエーリジャの笑みはすぐに消える。彼に文句を言うのは違うと思うのに、なぜか心は晴れなかった。

「さて、俺らもさっさといくぞ。下じゃ警備の連中が走り回ってるし」

 現在、下では街の警備隊が侵入者を探してせわしなく走り回っている。一応弓役は暗闇から暗闇へ場所を移動しながら撃ってはいたものの、終わればさっさと逃げた方がいいのは確かだ。

「そうだね」

 前に出されたエデンスの手に、それでザッカと共にエーリジャも触れる。自分達は順番的にも最後の合流者となる。宿では皆待っている筈だった。






 夜が明けて、昨夜の襲撃に関する情報がスローデンのもとへ次々と入ってきていた。

「結局、結論としては蛮族の襲撃があった、と発表するしかないだろうな」

 空の光の正体は光石を矢につけて飛ばしたもので、その矢は蛮族達のものだと判明している。なにより警備兵達が襲撃者はどうみても蛮族だったと言っている、少なくとも対外的には蛮族の襲撃があった、と発表するしかないだろう。

 問題は、ザラッツとディエナの件だ。

「とりあえず、グローディの連中が逃げた事を知っている者には緘口令を敷いておけ」
「承知しました」

 ジェレが恭しく頭を下げる。彼が追って捕まえられなかったのなら向うを褒めるしかないだろう。今回の失敗は自分の落ち度だ、予知しか出来ないクーア神官がまさか目隠しをしたまま走れるなんて事は想定していなかったし、別途転送が使えるクーア神官がグローディ側についているのも知らなかった。いや、知っていたとしても転送で敷地内には入れる訳がないと高を括っていた可能性はあるが。

「石を落したのも転送か。断魔石範囲外の上空へ転送したのだろうな」
「おそらく」
「だがそれが転送の仕業というのは黙っていろ」
「投石器を使われたとでもいっておきますか?」
「いや、ヘタな事を言わなくていい。そうすれば勝手に想像した噂が出回る」
「確かに、そうですね」
「広く知れ渡ってこんな手が普通に使われたら困るからな。まったく……厄介な」

 確かに考えれば何でこんな単純な事に気づかなかったのかと思うような使い方だ。ただ転送を使った人間が蛮族側というのはありえないから、グローディ側の人間と見て間違いない。

「襲ってきた蛮族は、殺した連中の関係者か? まだ生き残りがいたのか……」
「生き残りはいないと思いますが、交流があった別の蛮族グループの可能性はあります。とりあえずクバン内で所在が分かっている蛮族出身者を調べている最中です」
「どちらにしろ襲撃理由は蛮族を殺して晒し上げた事に対する抗議か」
「でしょうね」

 クバンには元蛮族だったものが多く住んでいる。少し派手に晒しすぎて彼らを刺激してしまったか、というのはスローデンとしての反省点だ。

「……そしてそれを、グローディに利用された」

 どういう手を使ったかは分からないが、こちらを襲撃しようとした蛮族達の計画を突き止めてそれに乗った、もしくは協力を申し出たか。協力関係にあると少々面倒臭いが、そこも考慮しておかないとならないだろう。

「襲撃してきた蛮族達だが、お前と会話したものがいたそうだが……知った顔だったのか?」

 それは確認程度のものだった。ジェレはいつも通り淡々と答える。

「いえ、知りません」
「そうか、ならとりあえずはクバン内を探せ、それと街を出ようとする連中は徹底的に調べろ。少しでも怪しい経歴があったり、蛮族関係者がいる場合は全部止めて荷物確認だ」
「了解しました」

 クバンが行き来する商人によって栄えている街である以上、彼らの機嫌を損ねる程の強硬策には出られない。本来なら調査が終わるまで街を出る事を全面禁止にしたいくらいだが、そこまでやれないのが苦しいところだ。

 とはいえ、今回はそこまでやっても無駄かと思うところはある。なにせ向うは転送役がいる。領主の館の敷地内は断魔石で守っていても、街全部を断魔石で覆ってはいない。つまり、転送さえ使えば彼らはいつでも街の外に出られるのだ。ディエナ達が逃げたのが明るみに出る前に捕まえられる可能性はほぼないと思った方がいいだろう。

「……結局は、グローディ側がどう出るか見るしかないのか」

 どちらにしろ、今回はここでザウラ側が先手を打って動く事は出来ない。ディエナ達の所在が判明した上で向うがどう出るか、それをまず見ないと動きようがない。
 これは前の時のような『様子見』とは違う、完全に向うが動かないと何も出来ない状況だった。
 つまり、忌々しい事に完全に現在の主導権は向うにあるという事だ。




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