黒 の 主 〜冒険者の章・八〜





  【103】



「光が止んだな、ならいくぞ」

 セイネリアが言えば、まずはネイサーが壁を登っていく。登る為の鉤爪(かぎづめ)付きの縄は騒ぎが起こっている間に掛けてあった。どちらにしろ兵士達は頭を守って屋根のあるところへと逃げている、今なら登ったところで見つからない。壁の外もここらは夜に人通りがないところで、民家も遠いから今の騒ぎに驚いた野次馬もまずこないだろう。
 思った通り壁向うには誰もいないらしく、ネイサーが皆に手招きをする。
 それから次々と蛮族達が登って壁の向こうへと下りていく。

「問題なしか?」

 そこへ予定通りエデンスがやってきた。蛮族の最後の一人が登って行ったのを見て、セイネリアは縄を彼に向けた。

「あぁ、順調だ。自力で登れるか?」
「大丈夫だ、そんくらいは出来る」
「ならいい、あんたが登るのは行きだけだと思うからがんばってくれ」

 渡された縄を掴んで登ろうとしたエデンスが、そこで振り向いた。

「帰りはどうするんだ?」
「帰りはこっそりやる必要がないからな、その辺りにある重そうなのを転送で壁に落として壊せばいい。中にある壁もその手を使えば抜けられるだろ」
「……あぁ……いや、言われればそうなんだがな。分かったよ」

 ちょっと頭を押さえてから、クーア神官が縄を登り始める。その後にセイネリアも続く。

「いってらっしゃい、せいぜい無事で」

 最後に下でそう言って来たのはガーネッドだ。彼女は街側に残って、この辺りに警備兵や野次馬がこないかを見張る係だった。この場所が使えなくなった場合は、他の候補地からどこを使うか彼女が指示を出す事になっていた。

 ザウラ領主の館を囲む壁は丈夫な石壁だが、城壁という程の作りにはなってはいなかった。一応角になる部分には側防塔がありはするものの、壁自体の上部に歩廊はないから壁を使って敵と交戦する事までは考えられていない。これくらいなら、人間2,3人分の重さ以下のモノでもかなりの上から落とせば壊せる。

「じゃぁな」

 下りてすぐ、エデンスは打ち合わせ通り本館方面に向かって走っていった。そしてその姿はすぐに消える。セイネリアも下りるとすぐ、こちらの指示を待っていた蛮族達に向かって、おそらくこの辺りの警備兵が逃げ込んだだろう倉庫小屋らしきものを指さして言った。

「それじゃ、こちらも暴れにいくか」

 蛮族達はそれを受けてすぐに走りだす。セイネリアは彼らの後ろを遅れて追い、手に魔槍を呼んでおいた。やがてザウラ兵達が見えれば、蛮族達が次々に奇声を上げて我先にと斬りかかっていく。

「うわ、何だ」
「敵襲?! 何故ここにっがぁっ」

 空から振ってくる石を恐れて、警備兵達は小屋に入ってすぐのところに皆固まっていた。そこへ襲撃を掛ければ一部は逃げ出すものの対応出来ない者も多い。
 セイネリアがこちら側に逃げてきた連中に魔槍を一振りすればそれだけで2人、剣を抜く暇もなく死んだ。
 ここにいる連中は全滅してもらうつもりのため加減をする気は一切なかった。セイネリアとしてはまず蛮族達に向けてここの連中の敵であること、そしてその強さを見せつけなくてはならない。魔槍を使っているのも蛮族達に見せるためだ。

「ひ、ぁ……うあ、ぁ……」

 ザウラの警備兵は最近平民の若者を多く採用しただけあって実戦経験がなさそうな連中が多く、抵抗する間もなく殺される同僚を見ただけで足がすくみ、逃げることさえ出来なくなる者が続出していた。
 セイネリアが無造作とも言えるように兵士を殺していく中、そういう連中は即座に蛮族達の刃の餌食になる。

「だ、嫌、たす……」

 腰が抜けて座りこむ者の首が飛ばされ、かろうじて逃げ出した者の背に刃が刺さる。悲鳴と血の饗宴はだがすぐにその場にいたザウラ兵の全滅で終わりを告げた。
 けれど当然それだけでは終わらない。
 そこへ割合近場にいた兵士達が悲鳴を聞きつけてやってきた。




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